ホーム専門医が解説する乳がん治療薬物療法の考え方薬物療法の種類

薬物療法の考え方

2014年5月30日 公開
2023年12月 更新
監修:がん研究会有明病院
乳腺センター 乳腺内科 副部長
原 文堅 先生

薬物療法の種類

乳がんの薬物療法は、化学療法、ホルモン療法(内分泌療法)、分子標的療法の大きく3種類に分けられます。治癒を目指した初期治療として、どの薬物療法を行うかは、乳がんのタイプと再発リスクを考慮して決められます。

化学療法

化学療法とは、いわゆる「抗がん薬(抗がん剤)」による治療で、がん細胞に直接作用し、死滅させることを狙いとしています。化学療法を実施するかどうか、またどの薬剤がよいかは乳がん再発リスクの程度に応じて選択されます。

がん細胞は、いくつかの段階を経て分裂し、増殖します()。抗がん剤は、基本的にこれらの増殖の過程のいずれか、またはいくつかの過程を攻撃することで、がん細胞の増殖を抑えます。また、がん細胞は正常細胞よりも活発に増殖するという特徴があるため、抗がん剤は正常細胞よりもがん細胞に作用しやすく、効果を発揮できます。しかし、がん細胞だけに特異的に作用するわけではなく、正常細胞にも作用してしまうために、特に活発に増殖している髪の毛や皮膚の粘膜、また、血液の成分を作りだす骨髄などにしばしば副作用が出ます。

現在では、できるだけ日常生活に支障なく最適な治療が計画通りに続けられるように、吐き気や骨髄抑制などの副作用対策(支持療法)のための薬剤も開発されています。こうした支持療法薬を抗がん剤と合わせて使うことで、患者さんのつらい症状が軽減できるようになってきています。できるだけ副作用を抑えつつ、治療計画通りに抗がん剤の投与を完遂させ、効果を最大限に発揮できるよう、研究が続けられています。

がん細胞の増殖過程  チェックポイント:DNA合成を開始するかを決定します。DNA合成準備期:DNA合成の準備期間です。DNA(遺伝子)には、がん細胞の情報が入っています。DNA合成期:がん細胞を増やすためにDNAを複製します。細胞分裂準備期:DNAが複製されたら、次は細胞分裂の準備をします。 細胞分裂期:いよいよ細胞分裂を開始します。同じDNAをもったがん細胞が複製されました。静止期:増殖能を保ったまま、休止します。

ホルモン療法(内分泌療法)

乳がん細胞の多くは女性ホルモン(エストロゲン)を養分にして増殖することがわかっています。がん細胞が養分を取り込むための「手」をホルモン受容体といい、エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体の2種類があります。これらのホルモン受容体を持っている乳がんを「ホルモン受容体陽性乳がん」といいます。

ホルモン療法とは、体内でエストロゲンが作られるのを抑えたり、がん細胞がエストロゲンを取り込むのを抑制したりすることで、がん細胞の増殖を抑える治療法です。したがって、ホルモン療法は、ホルモン受容体陽性のがん細胞を多くもつほど効果的で、反対に、ホルモン受容体を持っていない「ホルモン受容体陰性乳がん」には効果が期待できません。

女性の場合、閉経の前後によってエストロゲンの作られる量や場所が異なるため、ホルモン療法で使われる薬剤も異なります。また、女性ホルモンの働きを抑えるため、更年期症状のような副作用が現れることがあります。

分子標的療法

がんの増殖を抑制するための研究が進み、乳がん細胞の一部にはホルモン受容体の他にも、特有の養分を取り込む「手」があることがわかってきました。分子標的療法とは、その特有の「手」を見つけ、それを標的として狙い撃ちする治療法で、様々ながんの治療に応用されている新しい治療法です。

乳がんにおいては、その特有の手は「HER2(ハーツー)タンパク」という受容体であることもわかりました。
HER2タンパクはがん細胞の表面にあり、2つの手をつなぐと「増殖しなさい」という命令を出すアンテナのようなものと考えてください。HER2タンパクがたくさんある(過剰発現している)乳がんを「HER2陽性乳がん」といい、増殖のスピードが早く、転移や再発を起こしやすいがんと考えられています。HER2陽性乳がんは悪性度の高いがんではありますが、HER2タンパクを標的として狙い撃ちすれば、増殖を抑えられることが期待できます。

こうして分子標的治療薬として抗HER2薬が開発され、これを使用する抗HER2療法が現在HER2陽性乳がんの標準治療として広く使われるようになっています。抗HER2薬には、点滴で静脈に注入する薬剤と、経口投与する薬剤があります。それぞれ有効成分が異なるので、患者さんの乳がんの進行状態や今まで使用してきた治療薬などを考慮しながら使い分けられています。分子標的治療薬は、特有の「手」を持つがん細胞だけを狙い撃ちするので、正常な細胞への影響は少なく、がんの増殖を抑制することが期待できます。

抗がん剤の作用のイメージ 分子標的治療薬の作用のイメージ

さらに、がん細胞の増殖を抑制する仕組みが解明されてきて、新たな作用の分子標的治療薬が乳がんの治療に応用されています。そのうちの一つは、がん細胞の生存や増殖、成長に関する働きを調整する「mTOR」とよばれるタンパク質を標的とする「mTOR阻害薬」で、もう一つは、がん細胞が分裂する過程(細胞周期)を調整し、増殖を引き起こす「サイクリン依存性キナーゼ(CDK)4/6」とよばれるタンパク質を標的とする「CDK4/6阻害薬」です。さらに「PARP阻害薬」が登場し、遺伝性乳がんに対する新しい治療の選択肢の一つとして注目されています。
一方、がん細胞は新しい血管をつくり、栄養や酸素を運んで増殖するという性質があります。「血管新生阻害薬」と呼ばれる分子標的薬は、新たな血管がつくられるのを妨ぐことにより、がん細胞を兵糧(ひょうろう)攻めにして増殖を抑制すると考えられています。再発した乳がん患者さんにのみ使用できます。

免疫療法

PD-L1陽性のトリプルネガティブ乳がんに対する新しい治療選択肢として「免疫チェックポイント阻害薬」が登場しました。PD-L1は、がん細胞や免疫細胞に発現している免疫チェックポイント分子で、がん細胞が自分の免疫から攻撃されないように働く物質です。
今後もがんの研究が進み、異なる作用の薬剤が登場することが期待されます。

監修者略歴

がん研究会有明病院
乳腺センター 乳腺内科 副部長
原 文堅(はら ふみかた)先生

  • 平成11年 3月岡山大学医学部医学科専門課程卒業
  • 平成11年 4月岡山大学医学部第二外科学教室 研修医
  • 平成11年 9月岡山赤十字病院 外科 研修医
  • 平成16年 5月MD アンダーソンがんセンター
    Department of Molecular Therapeutics 研究員
  • 平成17年 6月岡山大学大学院博士課程(外科学第二専攻) 修了
  • 平成19年 4月岡山大学病院 呼吸器・血液腫瘍内科 医員
  • 平成19年10月独立行政法人国立病院機構 四国がんセンター
    乳腺科・化学療法科 医員
  • 平成30年 4月独立行政法人国立病院機構 四国がんセンター
    乳腺科・化学療法科 医長
  • 平成31年 4月がん研究会有明病院 乳腺センター 乳腺内科 医長
  • 令和3年 4月がん研究会有明病院 乳腺センター 乳腺内科 副部長
  • 【資格】
  • 日本乳癌学会 専門医・指導医
  • 日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医・指導医
  • 日本癌治療学会 がん治療認定医
  • 日本外科学会 専門医・認定登録医
  • 【所属学会】
  • 日本外科学会、日本内科学会、日本乳癌学会
  • 日本臨床腫瘍学会、日本癌治療学会
  • ASCO(American Society of Clinical Oncology)
  • ESMO(European Society of Clinical Oncology)