HOMEエキスパートインタビュー清水 千佳子先生(2020年)第2回 将来の妊娠・出産を望む際に知っておきたいこと
エキスパートインタビュー

AYA世代の乳がん患者さんを応援する!
20代・30代を生きる女性に寄り添って

清水 千佳子先生

国立国際医療研究センター病院 がん総合診療センター 副センター長

清水 千佳子 先生

「AYA世代」という言葉をご存じでしょうか? AYAとはAdolescent and Young Adult(思春期と若年成人)の略。AYA世代には明確な年齢の定義はなく、国や扱うテーマによって変わりますが、日本では、制度面での支援が手薄な15歳から39歳を中心に「AYA世代」と呼び、その世代特有の悩みや課題に対して、国のがん対策としての取り組みが始まっています。

AYA世代でがんに罹患することは、本人にとっても周囲にとっても大きな衝撃です。就職や結婚といった人生の基盤を築くライフイベントを迎える時期であり、中でも乳がんは妊娠・出産と密接な関わりがあります。若くして乳がんになったからこそ生じる悩みや支援のあり方について、AYA世代の患者さんの診療に熱心に取り組む清水千佳子先生にお話を伺いました。

(取材日時:2019年10月3日(木) 取材場所:国立国際医療研究センター病院)

第2回 公開日:2020年7月24日

将来の妊娠・出産を望む際に知っておきたいこと

乳がんの治療後、子どもを持てる可能性があるのかどうかということは、人生を左右する大きな問題です。乳がん治療と生殖医療の関係、そして、将来の妊娠・出産をどのような心構えで考えたらよいのかを伺いました。

抗がん剤による将来の妊娠・出産への影響は?

妊娠できる力のことを妊孕性(にんようせい)と言います。乳がんの治療の中で、将来の妊孕性に影響を与えるのは、主に薬物治療です。それ以外の治療では、例えば骨盤内や下垂体に放射線が照射され、ホルモン分泌が影響を受けるようなことがあれば、妊孕性に影響が生じるかもしれません。したがって、治療による妊孕性への影響とは、卵巣機能が障害されるかどうかということだと言えます。

その意味では、抗がん剤が卵巣機能を障害することは事実です。抗がん剤治療を行うと、卵巣機能は10年ほど年を取ると言われています。ですから、抗がん剤を投与したあとに月経があっても卵巣機能に影響がないというわけではありません。もちろん若い方のほうが、卵巣の予備能が残る可能性はありますが、もともと持っている妊娠する力は、そもそも不妊治療が必要な方がいるように、かなり個人差があります。

乳がん治療後の妊孕性とは、自分の本来の卵巣機能と、治療による卵巣機能への影響とで決まってくるということですね。

ホルモン療法による妊娠・出産への影響は?

乳がんの中心的な治療のひとつにホルモン療法があります。ホルモン受容体陽性乳がんでは再発を抑えるために、手術後5年、10年と長期にわたってホルモン療法を行うことが勧められています。ホルモン療法中は流産や胎児の催奇形性(胎児に奇形を生じさせること)のリスクがあるので、避妊する必要があります。

妊娠や、妊娠を目的とするホルモン療法の中断は乳がんの再発リスクに影響を及ぼすのでしょうか?

これまで得られた研究では、妊娠が乳がんの予後に悪影響を及ぼすというデータは存在しません。妊娠・出産については薬剤のランダム化比較試験※1のような研究ができないので、科学的なデータとして最も質の高い結果を得ることは不可能だということが言えます。

また、妊娠を目的としてホルモン療法を中断することが、がんの再発に影響を及ぼすかということに関してのデータはまだありません。現在、それを確かめようとする国際的な臨床試験※2が行われています。この試験には日本からも参加しており、ホルモン受容体陽性乳がん患者さんを対象に、ホルモン療法を中断して妊娠・出産することが安全かどうか、10年以上かけて確かめていきます。

※1 ランダム化比較試験は、試験結果について主観的評価を避けるため、治療効果の尺度(エンドポイント)を設け、治療を施した群と比較対照群に無作為に分けて客観的に比較する試験。

※2 日本を含む、国際共同臨床試験として実施されている、「妊娠を希望するホルモン療法感受性乳がんの若年女性における妊娠転帰及びホルモン療法中断の安全性を評価する試験」(POSITIVE)。

乳がんの予後と妊娠との関わりについて科学的に解明するための臨床試験が実施されているのですね。その結果についてはもうしばらく待たなければいけませんが、意義のある結果になることを期待しています。

乳がん治療後の妊娠・出産の選択に、“正解”はあるのでしょうか?

清水 千佳子先生

一世代前は乳がんに対して妊娠は悪影響を及ぼすのではないかという先入観があったり、生殖医療もまだ発展していなかったので、乳がんになったら妊娠は諦めるのが当然という考え方でした。しかし、今は乳がんの治療そのものが進歩して予後が良好になっていますし、生殖医療も発展し、妊娠する力(妊孕性)を残すために、治療前に卵子や卵巣組織を採取して、凍結保存をするという技術が進歩してきました(妊孕性温存)。妊娠に挑戦する・しないことにするという選択には正解というのはありません。ご本人が納得されて選んでいることが正解なのだと思います。

ただし、妊娠や出産にあたって、患者さん自身に理解しておいていただきたいことはたくさんあります。自分の乳がんの予後はどれくらいなのか、がん治療にはどの程度の効果があり、どのような将来の見通しがあるのか。その治療がどのように卵巣機能に影響するのか。妊孕性温存のために卵子を採取するには排卵誘発剤が必要な場合もあり、それが乳がんにどのような影響を及ぼすのか。さらに、これらについて科学的にわかっている部分と、まだ不確実や不十分な部分が存在する。これらのことを理解していただいた上で、それでも子どもを持ちたいという決心があるのでしたら、患者さんの選択を認めるべきではないかと考えています。

医学の進歩により、乳がん治療後に妊娠する力を残す選択肢は格段に増えましたが、その分、自分自身の判断で選択していかなくてはならないとも言えますね。

これまで出会ったAYA世代の患者さんは、どのような選択をされていますか?

患者さんにとっては、乳がんの予後と、子どもを持って育てたいという問題は、まったく違うものであるという価値観が働いているようです。ですから、妊孕性温存の選択については本当に人それぞれです。乳がんのステージも低く、むしろ妊娠に挑戦してよいのではという方でも、パートナーと話し合った結果、「よく考えてみると、この歳まで子どもを持とうと思わなかったのは、2人で楽しく生活したかったからだと気づいた」と、妊孕性温存を選択しなかった方もいます。逆に、もう少し再発のリスクが高く、抗がん剤治療をしっかり受けておいたほうが安心ではないかという病状でも、妊娠に挑戦することを選ぶ方もいます。

かなり昔のことですが、結婚を控えた患者さんに対し、その方にとって当時の標準治療である抗がん剤治療をお勧めしました。しかし、その方は子どもを持つことをとても強く希望されており、今ほど研究データもない中でしっかり話し合った結果、抗がん剤治療は行わず、すぐに結婚して子どもを産むという選択をされました。その患者さんは、まもなく妊娠・出産され、ホルモン療法だけを希望されて治療を続けました。

その数年後に再発され、私はその方が標準治療から外れたことに後悔しているのではないかと心配しました。しかし、ご本人の想いを伺うと、「抗がん剤を受けなかったことや子どもを持ったことはまったく後悔していません。再発したことは残念ですが、子どもを持ったことについては一点の迷いもなく、まったく後悔していません」ということでした。この方の選択は、医療従事者の視点から当時は決して勧められないものでした。しかし、これだけご本人が納得しているのであれば、こうした選択もあるのかもしれないと私自身も考えるようになりました。

子どもを持つ・持たないにかかわらず、自分にとって満足のいく人生になることを目指し、よく考えることが大切なのですね。

妊孕性について考えるにあたって、パートナーとの関係性が心配です。

清水 千佳子先生

患者さんにとって、パートナーはある意味で利害関係者です。乳房を失う可能性、妊孕性が損なわれる可能性がある中、パートナーとのこれまでの関係を維持できるかどうか不安に感じる患者さんも少なくありません。パートナーの方もまだ若いことが多く、自分の人生にもまだ不安定な部分もある中で、がんになった相手とどのようにコミュニケーションをとったらよいのか、わからないかもしれません。

患者さんにとってもパートナーの方にとっても、まず病気を正確に理解していただくことが大切で、がんになったことで親しい人との関係性のバランスが崩れることもありますが、この問題について一緒に理解して語り合うことをきっかけに、より良い関係性になれる場合もあると思います。

医療従事者からは、病気の見通しや治療によって起きる影響についてしっかりお話しし、妊孕性については妊孕性温存の技術も進んでいることを説明することができます。また、妊孕性温存にとどまらない多様な選択、多様な家族のあり方があることを伝え、患者さんがどんな選択をされても、その選択をされた患者さんの人生を応援することが大切だと思っています。

難しい問題だからこそ、ひとりで抱え込まず、パートナーと協力して理解を深めていくという姿勢が大切かもしれませんね。

妊孕性温存を望む場合、どのような情報を集めたらよいのでしょうか?

乳がん治療にあたり 将来の出産をご希望の患者さんへ」が参考になります。ここにまとめられていることを一つひとつ確認し、自分がこの意思決定にあたって十分な情報を得ているかどうかを確かめてください。

乳がん治療にあたり
将来の出産をご希望の患者さんへ
乳がんの治療にあたり将来ご出産をご希望の患者さんへ

出典:小児・若年がん長期生存者に対する妊孕性のエビデンスと生殖医療ネットワーク構築に関する研究HP
http://www.j-sfp.org/ped/dl/breastCancer_brochure.pdf

将来の妊娠・出産のために
確かめておきたいこと

出典:小児・若年がん長期生存者に対する妊孕性のエビデンスと生殖医療ネットワーク構築に関する研究HP
「乳がん治療にあたり将来の出産をご希望の患者さんへ」 P13
http://www.j-sfp.org/ped/dl/breastCancer_brochure.pdf

もし不明瞭な要素が残っていれば、それについてきちんと医療従事者に投げかけることが大切です。例えば、乳がんの再発について、科学的にどの程度のリスクなのかということが十分に説明されていない場合があったら、改めて確認し、具体的な見通しを理解しておく必要があります。

また、自分の卵巣機能について知ることも重要です。乳がん患者さんは30代後半から増えますが、その年代は産婦人科的には高齢ですから、個人差があるとはいえ、すでに妊娠しにくい状況になっている可能性も否定できません。20代の時なら抗がん剤治療を行ってもまだ妊孕性があり妊娠できた人も、30代後半や40代前半では難しいかもしれません。乳がんとはまた別のつらさと向き合わなければならないリスクもはらんでいますが、自分の卵巣機能については生殖医療の専門医ときちんと確認する必要があります。生殖医療のスケジュールや費用についても確認しておかなければなりません。

パートナーとは、ここまでの情報についてお互いに十分に理解していることを前提に話し合ってみてください。その時点でパートナーがいるかいないかによっても選択肢が変わってきます。

現実的な情報に向き合うことは、乳がんの治療とはまた違った労力が必要かもしれません。しかし、将来の可能性を広げておくためには不可欠なことなのですね。

第3回は、AYA世代の乳がんの患者さんの就労サポートと、社会で生きる患者さんの力となるアピアランスケアについて伺います。