「遺伝性腫瘍診療チームの取組み」
~遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)から命を守るために~

群馬県立がんセンター 遺伝性腫瘍診療チーム

乳腺科部長 柳田 康弘 先生

乳腺科部長 宮本 健志 先生

婦人科部長 中村 和人 先生

乳がん看護認定看護師 
松木 美紀 さん

公認心理師・臨床心理士 
大庭 章 先生

がんの多くはさまざまな要因が関わって発症すると考えられていますが、一部のがんでは遺伝的な要因が明らかになっています。その代表的なものが、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC:Hereditary Breast and Ovarian Cancer )です。若くして乳がんを発症した人や、血縁者に乳がん・卵巣がんが多いという人は、家系的に遺伝子の変異がある可能性が高いと言われています。HBOCを中心とした遺伝性腫瘍に対するリスク削減の取組みについて、群馬県立がんセンターの皆さんにお話を伺いました。

(取材日時:2019年9月13日(金) 取材場所:群馬県立がんセンター)

第1回 公開日:2020年12月10日

遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)とは

数年前、海外の有名女優が、家族に乳がんが多かった経験から、遺伝学的検査を経て乳房切除をしたというニュースが話題となりました。自分自身が今は健康でも、家族にがんになった人がいると、「私もがん家系なのかも…」という不安を抱える方は少なくないかもしれません。第1回は、HBOCとはどのような病気なのか、そして、その可能性があった場合にどのような対応ができるのかについて伺いました。

「がん家系」と言うけれど… 現実に遺伝が疑われるのは、特定のがんが偏って起こっている場合

柳田先生乳がん全体の中で、約5~10%1)が遺伝性であると言われています。遺伝性の病気には、ある特定の遺伝子が原因となる単一遺伝と、複数の遺伝子の変化や環境要因が関与して現れる多因子遺伝があります。我々の取り組んでいるHBOCは、一つの遺伝子の変異により乳がんや卵巣がんを発症する単一遺伝子の病です。こうした病気があることは私が乳がん診療を始めた20年ほど前にはすでに知られていましたが、日本では10数年前から臨床的な取組みができるようになってきました。

中村先生統計上では、現在の日本人は約2人に1人はがんに罹患する確率があると言われていますから、家族にがんの方が複数いることは珍しいことではありません。しかし、HBOCは乳がん、卵巣がんをはじめ、前立腺がん、膵臓がんなどにも遺伝性があることが報告されており、家族歴を把握することが重要となってきます。

宮本先生「うちはがん家系です」という言葉はよく耳にしますが、現実に問題となるのは、家族の中でがんの種類に偏りがあるかどうか、そして、その種類が何であるかということです。「家族の中に、胃がんの人も、肺がんの人もいます」といった話はよく聞かれますが、それは偶然が重なったに過ぎない場合が多いと考えられます。しかし、このHBOCのように乳がんや卵巣がんが血縁者で偏って起こっていたら、それはある1つの遺伝子が原因の可能性があると推測できます。一方で、例えば全員が極端な愛煙家という家族の中で、肺がんが多いとしても、それは遺伝とは考えにくいでしょう。ですから、生活習慣なども含めて詳しいお話を聞くことが大切です。

1)日本乳癌学会編: 患者さんのための乳がん診療ガイドライン2019年版, p.31

若年性乳がんや、卵巣がん、家族歴が多い人は遺伝の可能性を考慮する

柳田先生HBOCが疑われるのは、40歳未満で乳がんを発症した方や、同時または異時的に両方の乳がんになるような多発性の方、ホルモン療法の効かないサブタイプである“トリプルネガティブ”の乳がんの方などです。2)20代で乳がんを発症した方ならば遺伝性が強く疑われますし、家族歴がある場合も遺伝の可能性を考えます。一般的には乳がんを先に発症し、後で卵巣がんになる方が多いのですが、卵巣がんを先に発症する場合もあります。

中村先生HBOCの患者さんは、原因遺伝子であるBRCA1/2の変異により、乳がん・卵巣がんなどを発症しやすくなるということがわかっています。日本人を対象とした最近の調査では、卵巣がん患者さんの14.7%3)BRCA1/2の変異があることが報告されています。また、卵巣がんではBRCA1/2以外の遺伝子が関与する病気もありますから、他のがんに比べて遺伝の可能性が高いという事実には気をつけていかなくてはなりません。米国などでは、卵巣がんの既往がある人は遺伝学的検査を行うことが推奨されています。卵巣がんの遺伝性については日本独自のデータがまとめられている最中なので、疑いのある方には欧米の年齢別発症率を基に説明しています。

宮本先生BRCA1変異陽性の乳がんの場合、トリプルネガティブの乳がんの頻度が高いことが知られていますが、BRCA2の場合、その頻度は一般的な乳がん患者さんと同程度です。HBOCの場合、そのすべてがトリプルネガティブ乳がんになると考えられがちですが、BRCA2に関しては必ずしも当てはまりません。

2)日本乳癌学会編: 患者さんのための乳がん診療ガイドライン2019年版, p.33
3)Int J Gynecol Cancer. 2019; 29(6): 1043-1049.

遺伝の可能性があると言われたら、まずは遺伝カウンセリングを

宮本先生遺伝カウンセリングに進むかどうかは私たちが指示するものではないので、遺伝性腫瘍の可能性が高いということを本人にお知らせしたうえで、ご自身で決定してもらいます。遺伝カウンセリングでは、治療を選択する時の参考として遺伝学的検査というものがあることをお知らせします。というのは、乳がんの術式を決める際に重要な情報となり得るからです。遺伝性腫瘍であってもなくても手術以外の薬物療法などは変わりませんが、手術に関しては慎重に判断する必要があります。部分切除が可能な病状だとしても、乳がんになりやすい体質の方が部分切除したとなると、再び乳がんになる可能性を残してしまうのです。

柳田先生遺伝カウンセリング外来を受けたからといって、必ずしも遺伝学的検査をしなければならないわけではありません。遺伝カウンセリングの目的は、HBOCの可能性があるということに対してどのような対処ができるのか、そして、遺伝学的検査にどのようなメリットとデメリットがあるのかということを理解してもらうことです。そのうえで検査を受けるかどうかについて考えていただきます。実際にすぐに検査を実施する方もいれば、先に延ばす方もいますし、術式を決めるために手術前に検査を受ける方もいます。

松本さん20代で発症した若年性乳がん患者さんとお話をしたとき、その方は非常に充実した生活を送られており、家族歴もないことから、当初は遺伝性の問題について現実味がないようでした。しかし、将来的に結婚や妊孕性の問題を考えるにあたって、「あなたにとって、この幸せな時間を長く続けるためにはこの遺伝カウンセリングがとても大切です。20代だからこそ考えなくてはいけないのです」ということを十分お話ししたところ、ご本人も、「私の歳で病気になるということは、そんなに大変なことなんですね」と理解してくださいました。若年で発症したという事実を受けとめて、適切な情報を得たうえで将来のことを考えていただきたいと思います。

柳田先生遺伝カウンセリング外来には、ご本人が1人で訪れることは少なく、大抵はごきょうだいやご夫婦でいらっしゃいます。ごきょうだいやお子さんは、男女にかかわらず2分の1の確率で遺伝子変異を受け継いでいます。遺伝カウンセリングは同席した方に対しても情報提供できる機会でもあります。

遺伝学的検査のメリット・デメリットー検査を受けるかどうかは本人の意思で

中村先生HBOCの中には家族歴が不明という人も少なくありません。それゆえに、米国では卵巣がんの既往がある人すべてに遺伝学的検査を推奨しているのだと思います。しかし、日本では治療目的ではない遺伝学的検査は保険適用ではなく、当施設の遺伝カウンセリング外来も自由診療ですので、金銭的な問題は残ります(保険適用については改定がありました)。また、もし遺伝子に変異があるとわかった場合に、娘さんの結婚などを懸念されて検査を受けない選択をする方がおられるのも事実です。

宮本先生遺伝学的検査の結果は親族の間でも陽性と陰性で分かれる場合があり、その場合はサバイバーズギルト※1も考えなくてはなりません。例えば姉妹のうち、お姉さんがHBOCであるということが明らかになり、妹さんも検査を受けた結果、陰性だったとしても、「私だけが陰性でいいのかしら」と複雑な想いに悩むこともあります。その方によって感じ方が違いますから、私たちも「陰性でよかったですね」と言いません。どのような結果であったとしても、いつでもその後のケアに応じる準備はしています。

中村先生遺伝学的検査ではVUS※2といって判断保留とされるものがあります。家族歴や本人の病歴で見ると明らかにHBOCと思われても、陽性判定とならないケースがあります。現在の判断基準が欧米のデータを基にしており、アジア人のデータが不足しているために、検査結果がグレーゾーンと判定されてしまうことも考えられます。世界的に見ると、どの程度の変異のあった人が実際にHBOCになっているかというデータは、まだ把握できていないのかもしれません。

宮本先生乳がんの発症に関わる遺伝子は、BRCA1/2だけではありません。例えば、25歳未満の若い乳がん患者さんだとしたら遺伝性が疑われますが、BRCA1/2遺伝子の異常とは限らないので、PTENTP53など他の乳がんに関連するいくつかの遺伝子※3も調べることができます。それでも遺伝学的検査で陽性を示さなければ、「念のため定期的な検査を受けてください」ということはお話しするようにしています。遺伝性疾患が否定されたわけではありませんが、既知の遺伝子には問題はなく、今後は乳がんのハイリスクの人としての経過観察を進めることとなります。

HBOCの検査に関する診療報酬改定について(2020年4月)
①または②の方は、BRCA検査が保険適用で受けられます。

①乳がんになった方で、以下のどれかを満たす方

  • 45歳以下で乳がんの診断を受けた
  • 60歳以下のトリプルネガティブ(ホルモン陰性、HER2陰性)乳がん
  • 一人で2個以上の乳がん(両側乳がん、同側の複数の原発乳がんを含む)
  • 男性の乳癌患者
  • 身内にBRCA遺伝子の病的バリアントを証明された人がいる
  • 血縁者(3度近親内)に、50歳以下の乳癌の方がいる
  • 血縁者(3度近親内)に、卵巣がんの方がいる
  • 血縁者(3度近親内)に、男性乳がんの方がいる
  • 血縁者(3度近親内)に、乳がん患者(年齢を問わず)が父方母方どちらか一方に2人以上いる

②卵巣癌、卵管癌、原発性腹膜癌になった方、全員

厚生労働省 令和2年度診療報酬改定について 第2改訂の概要 1.個別改訂項目について:
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000601838.pdf
遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)診療の手引き2017

※1:生き残った人の罪悪感。一般には、事件・事故などで周囲の人が亡くなる中、自分だけが生還したことで抱える罪悪感。

※2:既知の遺伝性疾患の原因遺伝子について1%以下の頻度で認められる低頻度の変異の多くは、検査会社の報告書で意義不明の変異(variant of unknown significance:VUS)として取り扱われることがあります。BRCA1/2の場合、VUSと判定される場合が全体の数%に認められているそうです。

※3:PTENTP53はともに乳がんやその他のがんの発症に関わる遺伝子。TP53は若年性のがんを発症するリ・フラウメニ症候群と関連があります。

次回は、がん遺伝カウンセリング外来の実際と遺伝性腫瘍診療チームの役割についてご紹介します。