「遺伝性腫瘍診療チームの取組み」
~遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)から命を守るために~

群馬県立がんセンター 遺伝性腫瘍診療チーム

乳腺科部長 柳田 康弘 先生

乳腺科部長 宮本 健志 先生

婦人科部長 中村 和人 先生

乳がん看護認定看護師 
松木 美紀 さん

公認心理師・臨床心理士 
大庭 章 先生

がんの多くはさまざまな要因が関わって発症すると考えられていますが、一部のがんでは遺伝的な要因が明らかになっています。その代表的なものが、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC:Hereditary Breast and Ovarian Cancer )です。若くして乳がんを発症した人や、血縁者に乳がん・卵巣がんが多いという人は、家系的に遺伝子の変異がある可能性が高いと言われています。HBOCを中心とした遺伝性腫瘍に対するリスク削減の取組みについて、群馬県立がんセンターの皆さんにお話を伺いました。

(取材日時:2019年9月13日(金) 取材場所:群馬県立がんセンター)

第2回 公開日:2021年1月14日

がん遺伝カウンセリング外来の実際と遺伝性腫瘍診療チームの役割

第1回では、乳がん・卵巣がんに遺伝性のものがあること、その可能性が高い方は遺伝カウンセリングを経て遺伝学的検査が行えることをお話しいただきました。第1回では、群馬県立がんセンターの遺伝性腫瘍診療の体制について、そして、実際にどのような方が相談に訪れるのかについて伺います。

遺伝カウンセリング外来の開設から、リスク低減手術の実現へ

柳田先生現在、当施設の遺伝カウンセリング外来はさまざまな遺伝性腫瘍に門戸を開いていますが、もともとは2010年にHBOCを対象としてスタートしました。最初の2年ほどは、クライアント(遺伝カウンセリングを受ける人。患者さんではないのでこう呼びます)が月に1人、その中で遺伝学的検査に至る方も年間5~6人程度でした。しかし、2013年に有名な女優さんが遺伝学的検査を経て乳房切除をしたニュースが話題となり、問い合わせが増え、クライアントも増えていきました。その頃は、日本でも積極的に遺伝性乳がんの問題に取り組むようになっており、乳腺専門医がHBOCの存在を頭に入れながら診療するようになってきていました。私たちは最初に何に取り組むべきかを考えた時、乳がんよりも卵巣がんが生命の危険をもたらすことに注目し、リスク低減のための卵巣卵管切除をいち早く実施可能にしたいと準備を進めていました。

それを実現できた直接のきっかけには、ある患者さんの存在がありました。その方は乳がんの既往があり、先述の女優さんと同じように母親を卵巣がんで亡くしています。そのため、当施設で卵巣卵管切除をできないだろうかと相談されました。しかし、病気ではない卵巣卵管切除は自由診療になりますし、手術というものは危険が伴います。病院からはなかなか許可が得られなかったのですが、最終的に、当施設を地域でHBOCのための卵巣卵管切除ができる病院にすべきだということで納得してもらえました。

遺伝カウンセリング外来の実績

2010年
HBOC遺伝カウンセリングを開始
2012年
BRCA遺伝子変異陽性に対する治療を開始
2013年
HBOCが世界的に話題となる
2014年
遺伝カウンセリングを2人体制に
2017年
リ・フラウメニ症候群の遺伝カウンセリングおよび治療を実施
2018年
リンチ症候群の遺伝カウンセリングおよび治療を実施

※リ・フラウメニ症候群:家族性にがんを多発する遺伝性腫瘍の一つで、TP53遺伝子変異が原因と考えられている
中心的ながんは、軟部組織肉腫、骨肉腫、閉経前乳がん、脳腫瘍、副腎皮質がんなど

※リンチ症候群:大腸がんの2-3%を占め、DNAミスマッチ修復を損なう遺伝性腫瘍で、子宮内膜がんなどを合併しやすい

中村先生このきっかけとなった方は、手術の第1例目になるはずだったのですが、残念なことに乳がんが再発し内臓に転移しているのが見つかり、手術を受けることなく乳がんの治療に専念することになりました。しかし、この方のおかげで、卵巣がんのリスク低減のための卵巣卵管切除術を実施できるようになりました。ただし、HBOCの説明を受けたうえで本人が希望していることが条件で、その1人ひとりのケースに関してその都度倫理委員会にかけて、認可が得られたうえで行うことになっています。

多科・多職種のスタッフで支える遺伝性腫瘍診療

柳田先生乳腺科では、乳がんのリスク低減のために乳腺切除をする場合、保険適用ではなく自由診療として、美容目的の乳房再建ができる体制を作りました。まだ実績はないのですが、乳腺切除後に再建を担当する形成外科医もHBOCのために必要な講習会を受講し、一次再建あるいは二次再建に進める準備が整っています。そのためにも形成外科の先生にチームに入っていただいています。保険適用については改定がありました。

中村先生婦人科では、BRCA変異陽性で受診される方はこれまですべて乳腺科からの紹介でした。そうした患者さんには、卵巣がんについての一般的な話と、HBOCについてのお話を2通りに分けてお話ししています。現在は婦人科でも遺伝性の疑いがある方は調べていますので、逆にこちらから乳腺の先生にお伝えすることもできます。今後は、がん遺伝子パネル検査で遺伝子の変異が偶然見つかることもあり得ますので、その場合もこちらから乳腺科の先生へ紹介することもあるかと思います。

宮本先生月1回はチームで集まって、どのような方がどのような治療を希望しているのか、リスク低減手術の希望があるのかどうかについて、定期的に話し合える機会としています。最近は、遺伝カウンセリング外来や遺伝学的検査に訪れる方は月に数名ずつはいますので、風通し良く情報共有できるようにしています。

大庭先生普段からがん患者さん全般に対してサポートしていますが、遺伝性腫瘍に限らず、がんという病気で精神的にストレスを抱える方は多いため、そうした心理的な面に寄り添っています。特に女性のがん患者さんというのはがん自体のストレスに加え、さまざまなストレスがかかるリスクが高いと言えます。私たち臨床心理士はコミュニケーションを通じて心のストレスを和らげるのが仕事ですが、概して女性の患者さんはコミュニケーションを介して解決していくことでストレスが軽減されるケースが多くあります。そうした意味では、このチームでお手伝いできることも多いのではないかと感じています。

がん医療においては、患者さんのご家族も第2の患者と言われるほど重要な存在です。ご家族も患者さんと同程度のストレスを感じているとも言われますので、場合によってはご家族も含めてサポートすることもあります。

松木さん看護師としては、このチームで学んだ新しい情報を理解し、患者さんから遺伝について教えてほしいと言われた場合はいつでも情報提供できる立場でありたいと考えています。婦人科、乳腺科のスタッフの中でも、遺伝に関しては正確な知識を得ている人がまだまだ少ないのが現状ですので、スタッフからの求めに対しても積極的に説明して理解を深めてもらっています。婦人科、乳腺科の間で潤滑油的な役割にもなっていけたらいいと思っています。

柳田先生私たちは当初HBOC診療チームとして発足しましたが、1年半ほど前から対象を広げて遺伝性腫瘍診療チームという名称に変更しました。HBOCが遺伝性腫瘍の大部分を占めることには変わりありませんが、現在では施設内外からさまざまな問い合わせがあります。他の施設で治療した方が心配で相談したいという希望があった時などは、実際に遺伝カウンセリング外来で対応すべきかどうかを判断する必要があります。そうした案内については、遺伝性腫瘍コーディネーターが担当してくれています。

HBOCの予防的切除に関する診療報酬改定について(2020年4月)

リスク低減乳房切除(予防的乳房切除)が、以下の条件を満たす方に保険診療で行えます。

  • ①乳がんになった方で、BRCA検査(コンパニオン診断)を受け、病的変異が見つかった方
  • ②卵巣がんになった方で、BRCA検査(コンパニオン診断)を受け、病的変異が見つかった方

リスク低減卵巣卵管切除(予防的卵巣卵管切除)が、以下の条件を満たす方に保険診療で行えます。

  • ①乳がんになった方で、BRCA検査(コンパニオン診断)を受け、病的変異が見つかった方

乳がんの手術時に、同時に対側の乳がんを予防的にとることができるようになりました。また、リスク低減乳房切除後の乳房再建も保険診療で行えます。

厚生労働省 令和2年度診療報酬改定について 第2改訂の概要 1.個別改訂項目について:
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000601838.pdf
遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)診療の手引き2017

実際に遺伝カウンセリングを受ける時には―がんの家族歴の把握が重要に

柳田先生HBOCの場合は先に乳がんになる方が多いので、順番としては乳がん患者さんの中で遺伝性が疑われる方には遺伝カウンセリング外来を受けていただくというパターンが大半です。ただし、他の施設ですでに乳がんの治療をされたことがあり、遺伝性かもしれないので話を聞きたいということで遺伝カウンセリングを希望される方もおられます。基本的には乳がん・卵巣がん患者さんでリスクの高い方には積極的に遺伝カウンセリングを受けていただければと思います。遺伝学的検査を実施するかどうかは別として、適切な情報を収集し理解したうえで、検査の実施を判断していただければよいとお話ししています。

宮本先生現在は、HBOCに限らず大腸がんなどの遺伝を相談する方もおられます。施設内の患者さんは担当医から紹介されますし、他施設の先生で自分の患者さんに遺伝性が疑われた場合も個別に連絡をいただいて遺伝カウンセリングの予約をとってもらうこともあります。乳がんに限らず、さまざまながんについて心配な方は受けてほしいと思います。家族歴はわかる範囲で予め調べてもらうと助かるのですが、祖父母、両親、おじ・おば、いとこくらいまでの範囲でがんになった方がわかるとよいと思います。

カウンセリングを受けた人の多くは、自ら納得のうえで遺伝学的検査の実施を判断

大庭先生正直なところ、HBOCの遺伝カウンセリングに来られる方で、臨床心理士の介入が必要なほど心配な方はあまりいなかったと感じております。実際にはHBOCの遺伝カウンセリングのクライアントよりも、乳がんや婦人科系がんの治療中の方で紹介を受けてサポートするほうが圧倒的に多いです。HBOCの遺伝カウンセリングに関しては、本当に難しい場合にサポートできるように備えています。

宮本先生私の遺伝カウンセリングでは2年間ほど臨床心理士に必ず同席してもらい、クライアントが遺伝学的検査の実施について心理的な迷いがあるかどうかをカルテベースで調べてみたのですが、実はほとんどの方が臨床心理士の助けを借りず、ご自身で決定されていました。この遺伝カウンセリング外来は本人の意思に関係なく検査まで進むということはありませんし、クライアントも自ら意思を持って来てくれる方たちなので、臨床心理士の介入も要らず、自分で決定できるのではないかと思っています。ですから、臨床心理士はいつでも遺伝カウンセリングに入れる体制にはなっていますが、現在では困ったケースの場合だけお願いするようにしています。

次回は、HBOCの会と遺伝性腫瘍診療チームの今後の取組みについてご紹介します。