「乳がんサバイバーシップを支える」
~聖路加国際病院における“リングプログラム”~

聖路加国際病院

ブレストセンター長/乳腺外科部長 
山内 英子 先生

ブレストセンター 乳がん看護認定看護師 
金井久子 さん

相談支援センター 医療連携室・がん相談支援室
アシスタントナースマネージャー 
橋本 久美子 さん

聖路加国際病院では、がん患者さんのサバイバーシップを支えるサポートプログラムを“リング(Ring)”と名付け、アピアランスケア(外見のケア)や就労、育児など、テーマ別の相談・支援の場として提供しています。乳がんサバイバーのニーズを拾い上げることから始まったこの取り組みは、小グループで話し合いを進め、患者・医療従事者・講師が文字通り“輪”になって意見を出し合い、参加者みんなで問題解決を目指すことが特徴です。リングプログラムの成り立ちと発展、そして将来の展望について、乳腺外科部長の山内先生と看護師の金井さん、橋本さんにお話を伺いました。

(取材日時:2020年1月29日(水) 取材場所:聖路加国際病院)

第1回 公開日:2020年10月1日

乳がんサバイバーシップとリングプログラムの成り立ち

第1回では、聖路加国際病院における乳がん患者支援の始まりから、リングプログラムに至るまでの歴史について、山内先生と看護師の金井さんにお話を伺います。金井さんは、日本の乳がん看護認定看護師の第1期生でもあります。

1994年、乳がんサバイバーの病室訪問からスタート

山内先生乳がんを経験した人、いわゆる乳がんサバイバーによる病室訪問ボランティアを、国内で初めて導入した施設のうちの1つが当院です。この導入に携わったのが金井さんでした。

金井さん全国規模の乳がん患者会の会長さんから、「米国では“Reach to Recovery”という活動が行われていて、日本でも導入したいので一緒にやってみませんか」と声をかけられたのがきっかけとなり、1年ほどかけて準備をして1994年に開始しました。“Reach to Recovery”とは、米国発祥の乳がんサバイバーによる病室訪問ボランティアのことです。具体的には、初発の乳がん患者さんが乳がんサバイバーの方に会って話をしたいと希望すると、手術で入院した際にボランティアの方が病室を訪れます。現在では、患者会から独立した形で当院のためにボランティアをしてくださる方のチームができ、“SBCSS(St. Luke’s Breast Cancer Support Service)”という名称で活動を続けてくださっています。

90年代といえばインターネットも今ほど普及しておらず、患者さんにとっては乳がんの情報はどこで手に入るのか、誰に聞けばよいのかもわからない状況でした。当時は全摘手術が圧倒的に多く、乳房再建をする方も数が少なかったので、下着の工夫や補正の仕方などを聞きたいというニーズが多かったと思います。やがて温存手術も増え、インターネットで情報が得られやすくなったので、ニーズは減っていくと予想していました。しかし、やはり同じ体験をした方と会ってお話ししてみたいという患者さんは、今でも一定数いらっしゃいます。今後は現役で仕事をされている方、小さいお子さんがいらっしゃる方など、患者さんと似た環境をお持ちのボランティアの方をコーディネートしていけたらよいと考えています。

時代は通院治療の患者さんのための支援へ
体験者同士の話し合いの場「乳がん女性のためのサポートプログラム」を開始

山内先生2004年からは、聖路加看護大学(現・聖路加国際大学)の小松浩子先生(現・慶應義塾大学看護医療学部長)と金井さんたちが、体験者同士の話し合いの場である「乳がん女性のためのサポートプログラム」を始められました。日本でもピアサポートや患者支援というものが始まった時期で、後にこの活動は長年の功績により日本がん看護学会で表彰されました。

金井さん乳がん患者さんが多い当院では、通院治療する方に対してどのような支援をすべきか考える必要がありました。そこで、当時の研究で既に開発されていた「がんデイケアモデル」というものをベースに、術前化学療法を受ける乳がん患者さんを想定して、学習ツール中心のセルフケアキットの研究を始めたのです。化学療法とはどのような治療であるのかという説明や、生活上の注意、自分でできる副作用のマネジメントなどについてのパンフレットを制作しました。当時新しい視点だったのは、ご家族がどのように患者さんをサポートしたらよいのかということでした。患者さんが何をしてもらいたいかを家族にはっきり伝えられればよいのですが、女性の場合、ご主人に遠慮して言えないということもあります。そのため、ご家族に読んでもらうための「大切な人と歩みを共に」というパンフレットも作りました。また、患者さんの心の不安を和らげるために、リエゾン看護師(精神看護専門看護師)がリラクゼーションのDVDなども制作しました。

そしてもう1つ乳がん患者さんにとって大切だと考えたのが、同じような治療をしている体験者同士が語り合う場を作ることでした。こうした集団療法的な取り組みで効果が得られるという研究は元々ありましたが、実際に小グループで自分の気持ちを吐露したり、顔をつき合わせて仲間の話を聞き入ったりすることで、「こんなことを思っているのは私だけではなかった」「こんなつらい思いをしているのは私だけじゃない」と、共感できる部分がたくさんあるようです。このサポートプログラムは研究期間終了後の2004年以降も継続されているもので、“Living at Your Own Pace(自分の歩調を大切に)”を合い言葉に、規模は縮小しながらも現在まで続いています。

*2012年 日本看護協会学術奨励賞(教育・実践部門)受賞

若年性乳がん患者さんたちの集い“ピンクリング(Pink Ring)”の誕生

山内先生乳がんの情報が非常に限られていた時代に比べ、今ではインターネットをはじめ、テレビ、書籍などでも乳がんの情報が容易に手に入るようになりました。そうすると、今度はそれぞれの患者さんの悩みに合った問題解決の場が欲しいという声が出始めました。

そこで誕生したのが、2015年の“ピンクリング(Pink Ring)”という若年性乳がん患者さんの会です。当院には都心部で働きながら治療を続ける若い患者さんが多かったので、その世代のニーズに合うサポートグループが必要でした。

ピンクリングは、いわゆる患者会ではなく、若年性乳がんの患者さんのための集団精神療法の臨床研究がもとになっています(https://www.pinkring.info/about/)。ここでは、1グループに5〜10人の患者さんが集まり、ファシリテーターの看護師がついて意見交換をするのですが、何度か繰り返すことによって患者さん同士のつながりができ、情報交換の輪ができていきます。これが、後に続く“リング”という形の始まりです。

リングとは“輪”の意味ですから、みんなとつながり、社会とつながる、という思いが込められたネーミングです。こうしてピンクリングから患者さんたちのニーズを拾っていくうちに、やがて医療現場からではなく社会からの専門家を招いての「Beauty Ring(ビューティリング)」(アピアランス支援:外見のケア)や、「就労Ring」(就労支援)といったテーマ別のプログラムに発展していくことになりました。

がん患者さんが、
自分らしく歩むための7つのプログラム

一人で悩まないで。ここには同じ気持ちの仲間がいます。

※旧シェイプアップRingは「もぐもぐRing」に改称。Smile Ringは専門医を含めた心のプログラムです。

患者、看護師、専門家-それぞれが交わることで、相乗効果が生まれる“輪(リング)”

山内先生私が“リング”という形が理想的だと思ったのは、仕事の継続や再就職を考える「就労Ring」を始めた際に、社会保険労務士(以下、社労士)さんとファシリテーターの看護師である橋本さん、そして数名の患者さんが集まったことによる、不思議な相乗効果が生まれた時でした。

社労士さんも単に病院の個別相談に出向いただけでは、がん患者さんにどう接したらよいかわからないこともあるでしょうが、リングという話し合いの中では患者さんの生の声を聞くことができ、看護師から治療に関する正しい知識も得られます。患者さんもその両方の専門家が同席してくれたら心強いですし、1人ではどのように相談したらよいのかわからないところを、リングでは専門家と顔見知りになって、つながることができます。看護師にとっても、社労士さんから専門的な知識を得ることができます。

実はその時に社労士さんと患者さんの1対1の個別相談もやってみたのですが、「治療の予定は?」「抗がん薬の副作用は?」といった話題になると、どちらも理解が十分でなく、話が進まなくなってしまいました。しかし、リングでは話し合いに看護師が加わることで、解決していくことができます。また患者さん同士の話し合いからも、私たち医療従事者の発想にはない、患者さんだからこその思いがけないアイデアが出てきます。こうして参加者それぞれがニーズを満たし、お互いが勉強になるという形の“リングプログラム”のあり方に手応えを感じ、さまざまなテーマに沿って発展させることになりました。

次回は、がん患者さんの悩みに沿った多様なリングプログラムについてご紹介します。