ホーム専門医が解説する乳がん治療薬物療法の考え方乳がんのサブタイプ

薬物療法の考え方

2014年5月30日 公開
2023年12月 更新
監修:がん研究会有明病院
乳腺センター 乳腺内科 副部長
原 文堅 先生

乳がんのサブタイプ

乳がんには、比較的おとなしいものから、増殖が活発なものまで、様々なタイプがあり、再発のリスクが異なります。乳がんの初期治療ではそれぞれのタイプに応じて、必要な患者さんに適切な治療を実施し、不要な苦痛を与えないようにするために、世界共通の考え方をもとに効果的な治療法が推奨されています。

世界共通の考え方とはSt. Gallen(ザンクトガレン)のコンセンサス会議で合意された内容に基づく乳がんの初期治療の考え方のことです。乳がんのタイプをホルモン受容体やHER2が陽性か陰性か、がん細胞の増殖能力が高いかどうかによって、4つのサブタイプに分類し()、サブタイプ別にどのような薬物療法が推奨されるのか話し合われて、治療方針が決められています。
それぞれのサブタイプの特徴と推奨される薬物療法について紹介します。

(1)ホルモン受容体陽性/HER2陰性 (2)ホルモン受容体陽性/HER2陽性 (3)ホルモン受容体陰性/HER2陽性 (4)トリプルネガティブ(ホルモン受容体陰性/HER2陰性)

1. ホルモン受容体陽性/HER2陰性

ホルモン受容体陽性は総じてLuminal(以下ルミナル)と呼ばれ、乳がん全体の60~70%程度を占めるもっとも多いサブタイプです。

● ルミナルAタイプ
増殖能力が低いルミナルAタイプは、典型的なホルモン受容体陽性乳がんといえます。ホルモン受容体をもつ乳がんは、女性ホルモンを養分として増殖するため、ホルモン療法が推奨されます。なお、リンパ節転移が4個以上ある場合など、がん細胞の悪性度が高い場合は再発リスクが高くなるため、化学療法の追加が考慮されることもあります。

● ルミナルBタイプ
このサブタイプは、ルミナルAタイプと同様にホルモン療法が効果的ですが、ルミナルAタイプに比べて増殖能力が高いため、多くの場合ホルモン療法に加えて化学療法も行います。化学療法を実施する場合にどのようなレジメンが良いかについては、再発のリスクなどを考慮して選択します。
最近では、オンコタイプDXという検査によって、化学療法が有効で必要かどうか調べることができるようになりました。

2. ホルモン受容体陽性/HER2陽性タイプ

このサブタイプはホルモン受容体とHER2のどちらも陽性であるため、ホルモン療法抗HER2療法ともに効果が期待できます。また、抗HER2療法を行う場合には、化学療法を併用することが推奨されています。

3. ホルモン受容体陰性/HER2陽性

ホルモン受容体陰性でHER2陽性の乳がんは、乳がん全体の10%程度を占めます。ホルモン受容体をもたないため、ホルモン療法の効果は期待できません。抗HER2療法化学療法の併用が推奨されています。

4. トリプルネガティブ

トリプルネガティブと呼ばれているサブタイプで、攻撃の標的となるホルモン受容体とHER2タンパクのいずれも持たないタイプです。通常、化学療法を行います。また、PD-L1陽性のトリプルネガティブ乳がんに対する新しい治療選択肢として「免疫チェックポイント阻害薬」を用いる免疫療法が登場しました。PD-L1は、がん細胞や免疫細胞に発現している免疫チェックポイント分子であり、がん細胞が免疫から攻撃されないように働く物質です。
再発した場合には、遺伝性乳がんの可能性がないかを検査したうえで、PARP阻害薬が使われることがあります。

サブタイプの分類について

サブタイプ分類は、本来遺伝子検査の結果によって分類されます。しかし、遺伝子検査は費用もかかり、すべての患者さんで行うことは大変なため、遺伝子検査の代わりに生検や手術で採取されたがん細胞を免疫染色で調べる方法(免疫組織化学法)によって便宜的に分類されます。

そのため、免疫組織化学法によるサブタイプ分類は、本来の遺伝子検査によるサブタイプ分類と必ずしも一致するわけではないので、結果の解釈には注意が必要な場合があります。しかし、実際の治療方針は免疫組織化学法の結果に基づいて決定されているので、気にしすぎるのは望ましくありません。

St. Gallen(ザンクトガレン)コンセンサスの基本的な考え方とは

St. Gallenコンセンサス会議とは、2年に1回スイスのSt. Gallenで開かれる代表的な乳がんの国際学会です。ここでは、世界中の乳がん診療の専門家が集まり、新たな研究成果や臨床での成績を基に、初期治療としてどのような薬物療法がもっとも適しているか話し合われます。その結果がSt. Gallenの推奨する治療指針として発表され、世界中の乳がん診療に影響を与えています。日本乳癌学会でもSt. Gallenの治療指針を参考にガイドラインの見直しが行われています。

監修者略歴

がん研究会有明病院
乳腺センター 乳腺内科 副部長
原 文堅(はら ふみかた)先生

  • 平成11年 3月岡山大学医学部医学科専門課程卒業
  • 平成11年 4月岡山大学医学部第二外科学教室 研修医
  • 平成11年 9月岡山赤十字病院 外科 研修医
  • 平成16年 5月MD アンダーソンがんセンター
    Department of Molecular Therapeutics 研究員
  • 平成17年 6月岡山大学大学院博士課程(外科学第二専攻) 修了
  • 平成19年 4月岡山大学病院 呼吸器・血液腫瘍内科 医員
  • 平成19年10月独立行政法人国立病院機構 四国がんセンター
    乳腺科・化学療法科 医員
  • 平成30年 4月独立行政法人国立病院機構 四国がんセンター
    乳腺科・化学療法科 医長
  • 平成31年 4月がん研究会有明病院 乳腺センター 乳腺内科 医長
  • 令和3年 4月がん研究会有明病院 乳腺センター 乳腺内科 副部長
  • 【資格】
  • 日本乳癌学会 専門医・指導医
  • 日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医・指導医
  • 日本癌治療学会 がん治療認定医
  • 日本外科学会 専門医・認定登録医
  • 【所属学会】
  • 日本外科学会、日本内科学会、日本乳癌学会
  • 日本臨床腫瘍学会、日本癌治療学会
  • ASCO(American Society of Clinical Oncology)
  • ESMO(European Society of Clinical Oncology)