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もっと知りたい乳がんの治療薬

2022年1月 公開
2023年11月 更新
監修:地方独立行政法人大阪府立病院機構
大阪国際がんセンター 薬局 薬局長
髙木 麻里 先生

乳がんを治療する薬には

皆さんは「抗がん薬」に対し、どのようなイメージをお持ちでしょうか。髪の毛が抜けてしまうのではないか?吐き気が起こ ったり、食欲が低下するのではないか?などと心配されている方もいるかもしれません。しかし、がん薬物療法は再発や転移を起こさないために非常に大切な治療です。

乳がんは抗がん薬により、がんの縮小や進行を遅らせる効果が期待できます。また、ホルモン療法も高い治療効果が期待できます。現在に至るまでに、様々な種類の抗がん薬が、どうしたらもっと効果的にがんの増殖を抑えることができるか、あらゆる角度から研究されてきました。

最近では、より高い生活の質(QOL)を保ちながら抗がん薬の治療を計画通りに行えるように、支持療法が大きく進歩し、抗がん薬の副作用の予防や症状軽減を目的として開発された薬剤も増えています。さらに、分子標的治療薬の登場は、従来の抗がん薬とは異なり、がん細胞の特定因子を標的として狙い撃ちできるようになり、乳がんの薬物療法を大きく飛躍させました。
乳がんの薬物療法は、従来の抗がん薬やホルモン療法薬、分子標的治療薬、免疫チェックポイント阻害薬などの様々な抗がん薬と支持療法薬を組み合わせたレジメンによって治療が行われています。現在使われている薬剤とそれぞれの薬剤の特徴と役割について、簡単に紹介します。

抗がん薬の種類

細胞障害性抗がん薬による治療は化学療法といわれています。抗がん薬は全身に潜んでいるがん細胞に直接作用し、がん細胞を死滅させることを狙いとしています。がん細胞が増殖する過程(下図)に作用し、がん細胞の増殖を抑えます。どの過程に作用するかなどによって分類されています。

がん細胞の増殖過程

アルキル化薬

アルキル化薬は遺伝子(DNA)と結合し、がん細胞が分裂する過程を阻害する(妨げる)ことで、増殖を止める働きがあります。

代謝括抗薬

代謝拮抗薬は、DNA合成の材料となる物質に特異的に働きます。その結果、DNAの合成を阻害して、がん細胞の増殖を抑える薬です。

アントラサイクリン系薬

アントラサイクリン系薬は、細菌やカビなどに効く抗生物質の化学構造を変化させた薬で、病原菌ではなく、がん細胞を標的とした薬です。DNAの合成に必要な物質(トポイソメラーゼという酵素)の働きを阻害し、抗がん作用を示します。

微小管阻害薬

微小管阻害薬には、ビンカアルカロイド系薬とタキサン系薬があります。また、これらに分類されない神奈川県三浦半島のクロイソカイメンという生き物から発見された、新しい微小管阻害薬があります。

ビンカアルカロイド系薬

ビンカアルカロイド系薬は、チューブリンというタンパク質で構成される微小管を阻害する薬のひとつです。微小管阻害薬とは、がん細胞の分裂に必要な「微小管」というものの動きを止めることで、がん細胞の増殖を止める薬です。
ビンカアルカロイドは、ニチニチソウという植物からとられた成分で、葉にもっとも多く含まれています。

ニチニチソウ

タキサン系薬

タキサン系薬は、ビンカアルカロイド系薬と同様に、微小管阻害薬であり、がん細胞が分裂するのを阻害して、がん細胞の増殖を停止させます。
イチイという植物の樹皮や樹葉からとられた成分です。乳がんの化学療法の中心を担う薬のひとつです。

イチイ

プラチナ系薬

プラチナ系薬は、前述のアルキル化薬と同様にDNAに結合して、DNAが分裂する過程を阻害します。抗がん作用が強く、乳がん以外にも様々ながんに対して有効性が認められており、現在の抗がん薬治療に重要な役割を占めています。

トポイソメラーゼ阻害薬

トポイソメラーゼ阻害薬とは、DNAの合成に欠かせない酵素である、トポイソメラーゼを阻害する薬です。トポイソメラーゼを阻害すると、DNAを合成することができず、がん細胞の増殖が止まります。

ホルモン療法薬の種類

ホルモン療法に使われる薬をホルモン療法薬といいます。ホルモン療法とは、乳がんの中でも、エストロゲンを供給源にして増殖するタイプに効果があると考えられています。
閉経前と閉経後ではエストロゲンの作られる場所が異なるため、使われるホルモン療法薬も異なります。

抗エストロゲン薬

ホルモン受容体に結合して、乳がん細胞が増殖するために必要なエストロゲンを取り込むのを阻害する薬で、基本的に閉経の前後にかかわらず推奨されています。主に使用されている抗エストロゲン薬はSERMs(Selective estrogen receptor modulators)と呼ばれ、乳がんに対してはエストロゲンの作用を阻害しますが、肝臓や骨では、エストロゲンと同様の作用を示すという特徴があります。

アロマターゼ阻害薬

アロマターゼ阻害薬は、閉経後の乳がん患者さんに使われるホルモン療法薬です。閉経後の女性では主に副腎皮質でエストロゲンが作られます。副腎皮質では、男性ホルモンであるアンドロゲンからエストロゲンが作られます。そこで働くアロマターゼという酵素を阻害して、エストロゲンの合成を抑えます。

黄体ホルモン薬(プロゲステロン)

黄体ホルモン薬は、人工的に合成された女性ホルモンで、月経異常や不妊症の治療などに用いられています。他のホルモン療法で効果がみられない場合に使用されることがあります。女性ホルモンの働きを間接的に抑えます。

LH-RHアルゴニスト製剤

エストロゲンは閉経前には主に卵巣で作られます。脳から卵巣へ「エストロゲンを分泌しなさい」と命令するホルモンをLH-RHといいます。LH-RHアゴニスト製剤は、このホルモンの働きを阻害することで、卵巣でエストロゲンが作られるのを抑える薬です。閉経前の乳がん患者さんに使われます。

エストロゲンの合成とホルモン剤の作用

分子標的治療薬

がん細胞が持っている増殖に関わる特有の因子(タンパク質や遺伝子などの分子)を狙って攻撃する薬を分子標的治療薬といいます。
分子標的治療薬は、構造上の違いから、分子量の大きな抗体治療薬と経口投与が可能な小分子の分子標的治療薬とに大きく分けられます。

乳がんの治療に使われる代表的な抗体治療薬には、一部のがんでがん細胞の表面にたくさん発現しているHER2タンパクを標的とする「抗HER2薬」があります。さらに、抗HER2薬に抗がん薬を結合した薬もあります。

また、がん細胞に栄養や酸素を運ぶ新しい血管が作られるのを防げる「血管新生阻害薬」があります。

がん細胞が増殖する過程に関わるmTOR(エムトール)タンパクの働きを抑える「mTOR阻害薬」や、がん細胞の細胞分裂を促すCDK(サイクリン依存性キナーゼ)4および6の働きを抑える「CDK4/6阻害薬」、DNAの増殖に関わるPARP(ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ)の働きを抑え、遺伝性乳がんの治療に用いられる「PARP阻害薬」があります。 mTOR阻害薬やCDK4/6阻害薬はホルモン療法薬と一緒に使われます。

免疫チェックポイント阻害薬

トリプルネガティブ乳がんに対する新しい治療選択肢として「免疫チェックポイント阻害薬」が登場しました。PD-L1は、がん細胞に発現し、免疫細胞に発現している免疫チェックポイント分子と結合して、がん細胞が攻撃されないように働く物質です。

監修者略歴

地方独立行政法人大阪府立病院機構
大阪国際がんセンター 薬局 薬局長
髙木 麻里(たかぎ まり)先生

  • 1993年3月大阪薬科大学薬学部卒業
  • 1993年4月大阪府立母子保健総合医療センター(現 大阪母子医療センター)薬局
  • 1996年4月大阪府立羽曳野病院(現 大阪はびきの医療センター)薬局
  • 2006年4月大阪府立急性期・総合医療センター 薬局
  • 2018年4月大阪国際がんセンター 薬局
  • 【所属学会】
  • 日本医療薬学会:がん専門薬剤師研修小委員会
  • 日本病院薬剤師会
  • 日本緩和医療薬学会
  • 日本癌治療学会
  • 日本臨床腫瘍学会
  • 日本乳癌学会
  • 日本臨床腫瘍循環器学会
  • 日本臨床腫瘍薬学会
  • 【認定】
  • 日本医療薬学会 指導薬剤師
  • 日本医療薬学会 専門薬剤師
  • 日本医療薬学会 がん指導薬剤師
  • 日本医療薬学会 がん専門薬剤師
  • 日本病院薬剤師会 がん薬物療法認定薬剤師
  • 日本緩和医療薬学会 緩和医療暫定指導薬剤師
  • 日本緩和医療薬学会 緩和薬物療法認定薬剤師