ホーム専門医が解説する乳がん治療術前・術後薬物療法術前・術後薬物療法とは

術前・術後薬物療法

2014年6月30日 公開
2023年12月 更新
監修:愛知県がんセンター 乳腺科部 医長
澤木 正孝 先生

術前・術後薬物療法とは

術前・術後薬物療法の目的

乳がんは、乳房内にとどまっている非浸潤がんの場合には、手術や放射線療法といった局所療法で治癒する可能性が高いといえます。しかし、乳房外の周辺の組織へ広がった浸潤がんの場合、発見された時には、がん細胞は、既に血液やリンパの流れにのって身体のどこかへ飛び、潜んでいる可能性があります(微小転移)。微小転移は画像検査で見つけにくく、手術で取ることはとても困難です。しかし、微小転移は放っておくと増殖して大きくなり、がんの転移あるいは再発に進展してしまうおそれがあります。

そのため、浸潤がんに対する治癒を目指した治療では、手術でしこりを取り除くだけでなく、微小転移を根絶させ、再発を抑えることを目的に行う薬物療法が必要となります。この薬物療法を術前・術後薬物療法といいます。

術前薬物療法

浸潤がんでしこりが大きい場合や、皮膚に浸潤している場合など、そのままでは手術が困難な場合に術前薬物療法を行い、しこりを小さくして手術を可能にすることが期待できます。
またしこりが大きく乳房温存手術が行えないような患者さんに温存手術が可能になることや、切除範囲を小さくすることにより、美容的に満足のいく乳房を温存できることが期待できます。なお、薬物療法を行う期間のため、手術の時期が遅れることが懸念されますが、この薬物療法は再発を抑えるための治療でもあり、今までの研究から先に薬物療法を行っても再発率などの予後は術後に行う場合と同じくらいであることがわかっています。

乳がんの薬物療法には化学療法とホルモン療法(内分泌療法及び分子標的療法)があり、がんの性質によって使い分けたり併用したりします。術前に行われるのは、主に抗がん薬(抗がん剤)を投与する化学療法です。

術前薬物療法

術後薬物療法

術後薬物療法の目的は、前述の通り、浸潤がんに対し局所療法である手術では取りきれない微小転移をなくし、乳がんの再発を抑えることにあります。手術療法を補うことから、術後補助療法(アジュバント療法)ともいわれます。
例えば、乳がんには女性ホルモン(エストロゲン)に反応して増殖するがんと、女性ホルモンに反応しにくいがんがあり、がんの性質によって有効な薬剤も異なります。そのため、手術で切除したがん細胞について、女性ホルモンに対する反応性など、様々な性質について調べるために、必ず病理学的検査を行います。病理学的検査の結果をもとにして、ホルモン療法と化学療法のどちらを行うか、あるいは併用するかなどの治療計画をたてます。

再発リスクがきわめて低いと判断された場合には、術後薬物療法を行わずに経過観察する場合もありますが、多少なりとも再発リスクがある場合には、リスクの程度に応じて術後薬物療法を行います。

再発リスクを判断する上で、重要な因子には以下のようなものがあります。

●しこりの大きさ

手術前のしこりの大きさ(腫瘍径)は、重要な情報です。腫瘍径が大きいほど予後が悪い(再発率が高い)とされます。
術前薬物療法を行っていた場合には、しこりのあったところに生き残ったがん細胞があるのか、ないのか、あった場合にはどの程度なのか、なども有用な因子となります。

●腋窩リンパ節転移の状況

腋窩リンパ節に転移があるのか、ないのか、あった場合は何個に転移していたか、などが重要な情報となります。
術前薬物療法を行っていた場合には、腋窩リンパ節に生き残ったがん細胞がどの程度あるのか、なども有用な因子となります。

●ホルモン受容体の発現と閉経の状況

乳がんの多くは、ホルモン受容体をもっていて(ホルモン受容体陽性)、女性ホルモンをブロックするホルモン療法の効果が期待できます。ホルモン療法には数種類があり、閉経状況によって適切な薬剤が異なるため、必ず閉経状況を確認する必要があります。ホルモン受容体のない(ホルモン受容体陰性)乳がんの方が再発リスクは高いと考えられています。

●HER2の発現状況

ホルモン受容体と並んで薬物療法を考慮する上で重要な因子として、HER2の発現状況があります。乳がんの一部には、細胞の表面にHER2タンパクというアンテナのようなものがあり、がん細胞の増殖を促すタイプがあります。HER2タンパクがたくさんある(過剰発現)乳がんをHER2陽性乳がんといい、再発リスクが高いと考えられています。HER2陽性乳がんにはHER2タンパクに対抗する抗HER2薬が有効で、術前薬物療法を行う場合にも抗HER2薬が使用されます。

●がん細胞の悪性度

がん細胞の悪性度とは、わかりやすく例えると、がん細胞の顔つきのことで、顕微鏡でみたがん細胞の形をグレード1~3の3段階に分けて表します。グレード3がもっとも悪性度が高く、再発リスクが高いとされています。

手術後に病理学的検査を行い、主にこのようながん細胞の性質を調べます。これらの情報から、再発リスクを判断し、術後薬物療法の治療計画が検討されます。

乳がんのサブタイプについては「乳がんのサブタイプ」の項目をご参照ください。

監修者略歴

愛知県がんセンター 乳腺科部 医長
澤木 正孝(さわき まさたか)先生

  • 1995年名古屋大学医学部医学科卒業、第二外科入局
  • 2001年癌研究会附属病院 乳腺外科レジデント
  • 2002年癌研究会附属病院 化学療法科レジデント、
    癌研究会癌研究所 病理部研究生
  • 2003年名古屋大学医学部附属病院 乳腺・内分泌外科医員
  • 2005年名古屋大学大学院医学系研究科博士課程(内分泌・移植外科学) 修了
  • 2006年名古屋大学医学部附属病院 乳腺・内分泌外科病院助手
  • 2007年名古屋大学大学院医学系研究科 特任講師
  • 2011年愛知県がんセンター中央病院 乳腺科医長
  • 2019年愛知県がんセンター(旧:愛知県がんセンター中央病院) 乳腺科部 医長
  • 【学会専門医・資格】
  • 博士(医学)
  • 日本臨床腫瘍学会:協議員、指導医、がん薬物療法専門医、高齢者がん薬物療法ガイドライン作成委員
  • 日本乳癌学会:評議員、乳腺専門医、外科療法ガイドライン作成委員
  • 日本外科学会:指導医、外科専門医
  • 日本がん治療認定医機構 がん治療認定医
  • 日本乳がん検診精度管理中央機構 検診マンモグラフィ読影認定医(AS評価)
  • 日本消化器病学会 消化器病専門医
  • 麻酔科標榜医
  • 【その他 所属学会】
  • 米国臨床腫瘍学会 (ASCO)、日本癌学会、日本癌治療学会、日本老年医学会、日本女性医学学会、日本家族性腫瘍学会、日本臨床外科学会 他