ホームエキスパートインタビュー患者さんのための乳がん診療ガイドラインをご存じですか

患者さんのための乳がん診療
ガイドラインをご存じですか

独立行政法人国立病院機構 九州がんセンター 乳腺科部長
徳永 えり子 先生

キャンサー・ソリューションズ株式会社 代表取締役社長
桜井 なおみ 先生

乳がんの治療では、治療方法や療養生活について選択しなければならないことがたくさんあります。それを決定していく過程において、1つの指針となるものがガイドラインです。

日本乳癌学会では、医師が介入手段を決める際に参照する「乳癌診療ガイドライン」(以下、医師向けガイドライン)と、患者さんの意思決定をサポートするための「患者さんのための乳がん診療ガイドライン」(以下、患者向けガイドライン)を作成しています。そこにはどのようなことが書かれていて、どのように読んでいけばよいのでしょうか。ともに患者向けガイドラインの作成委員を務めていらっしゃる乳腺専門医である徳永先生と、自らの乳がん経験を活かしてがん患者支援に携わる桜井さんにお話を伺いました。

【取材】 2020年8月 ホテル日航福岡

徳永 えり子先生

第3回 患者向けガイドラインをどのように活用したらよいのでしょうか?

 第3回では、患者さんやご家族が「患者さんのための乳がん診療ガイドライン」(以下、患者向けガイドライン)をより活用するための具体的なお話や、患者向けガイドライン作成委員のお二人が乳がん診療の将来に望まれることについて伺います。

実際に治療を受けるにあたって、患者向けガイドラインをどのように活用すればよいのでしょうか?

桜井さんこれまでお話ししたように、患者向けガイドラインは、患者さん自らの意志決定をサポートするためのツールです。このガイドラインを読んで用語を頭に入れておくだけでも、医療者との共通言語ができて、説明を理解しやすくなります。そこで、もし意味がわからない用語があれば、それこそ先生に質問して、「これはどういう意味ですか」「私に当てはまることですか」と、話し合いを進めることができます。

徳永先生このガイドラインを患者さんに紹介したら、ご主人が熟読されたようで、付箋とマーカーだらけで持って来られたことがありました。でも、私たち医療者も、そうやって質問されるほうが答えやすくなるのです。わからないことをはっきり示していただいたほうが、「こういう意味ですよ」と答えられます。

 患者さんにとっては、自分で調べてもどうしてもわからないことがあります。しかし、わからないことをはっきりさせておくことは、難しい説明を理解する近道になるかもしれません。

桜井 なおみさん

はじめて読む人は、どこから読めばよいですか?

桜井さん頭の「患者さんのための診療ガイドラインの読み方・使い方」(書籍版10-11ページ)をぜひ一度は読んでいただきたいと思います。ここには、乳がんの治療とは益と害(益=生存期間などの有効性、害=副作用などの安全性)があることを前提に、患者さんと医療者がそのバランスを検討しながら決めていくものであって、そのためにこのガイドラインを使ってほしいということが、はっきりと書かれています。

*最新の2023年版患者向けガイドラインでは11ページとなります

徳永先生再発の人と初発の人では知りたい内容も変わってきます。書籍版は目次があってわかりやすいですし、興味のあるところから読んでもよいと思います。薬の名前や種類も記載されていますので、それについて調べることもできます。関心のありかは一人ひとり異なりますので、読むのは自分に関係のある部分だけでもよいと思います。

一般的な乳がん治療の流れの例

日本乳癌学会編:患者さんのための乳癌診療ガイドライン 2023年版 第7版,金原出版,p12

桜井さん妊孕性温存の治療や遺伝子検査は行うべきタイミングが決まっています。最初にそのタイミングを把握できるよう、2019年の改訂で掲載した「一般的な乳がん治療の流れ」()を見て、一連の流れを知っておくのもよいかもしれません。

*最新の2023年版患者向けガイドラインの図に更新しています

 最初から全部を読む必要はなく、まずは自分の関係しそうなところを読んでいけば、治療への心構えができそうですね。

患者さんやご家族に特に理解していただきたいことはどのようなことでしょうか?

桜井さん「こうした食事は乳がんによくないのではないか」といった根拠の明確でない情報を周囲の方から聞いて、患者さん本人が誤解してしまうことがあります。ガイドラインには、乳がんのリスク因子の項目で生活習慣や食生活について書かれていますから、患者さんのご家族や、周囲の方にとっても参考になると思います。

徳永先生インターネットなどの情報があふれている中、自分にとって都合の良い情報ばかりを信じる方もいらっしゃいますし、逆につらい情報だけを信じて、最悪の事態を心配して来られる方もおられます。でも、うまくいっていることを発信する人というのはそれほど多くはなくて、そうではないことを書く人のほうが往々にして多いものです。ですから心配性の方こそぜひガイドラインを読んで、正しい知識を得ていただきたいと思います。

 情報があふれている中で、自分の力だけで正しい知識を得るのは困難です。患者さんもその家族も、迷った時にはガイドラインを参照してみるといいですね。

徳永 えり子先生

乳がん患者さんの将来のために、乳がん専門医、乳がん経験者として望むことは何でしょうか?

徳永先生ガイドラインとは一般論であって、一人ひとりの患者さんが目標とするところはそれぞれ違いますし、害と益のバランスも違います。新しいお薬についてはいろいろなしっかりしたデータが出てくることが多いので、ガイドラインでは強く推奨されがちですが、従来から使われている安価で安全性が周知されている治療で十分効く可能性がある患者さんもいらっしゃいます。医療従事者も新しいエビデンスばかりを重視するのではなく、医師向けガイドラインで推奨された新しい治療薬を使わなくても、従来の治療薬で長年元気に過ごしている人もたくさんいらっしゃるという事実を忘れてはいけないと思っています。

 乳がんほど治療選択肢の多い病気はないのではないかと思います。その中で、何が患者さんのためになるのかということは、本当に最後まで患者さんと一緒に悩んでいかなければならないことだと思います。米国のNCCNのガイドラインでは推奨薬剤が一覧になって並んでいますが、良いガイドラインであればあるほど多様な選択肢を示し、幅を持たせていますから、常に悩むということが起こるはずです。繰り返しになりますが、患者さんは一人ひとり全く違いますから、私たちはその一人ひとりに対しての治療を、一緒に考えていく習慣をつけないといけません。

*National Comprehensive Cancer Network:全米を代表するがんセンターで結成されたガイドライン作成組織。

桜井さん医師向けガイドラインには、高齢の患者さんの治療に関しては記載されていませんね。

徳永先生高齢の患者さんといっても一概に年齢では分けられず、身体の状態の幅が広すぎるのですよね。
 高齢の患者さんをどこまで治療すべきか本当に悩ましいのですが、標準的な治療をしない場合に、再発する患者さんが多いのも事実です。乳がんは治療手段がたくさんあるので、何もしないという選択はしないほうがよいと思っています。
 高齢の患者さんにお話をするときは、「確かに年齢を考えるとどうすべきか悩むけれど、もし何か起こったら、その時は今よりも歳をとっていますよ。それを考えたら、今が一番若いですよね。」という話をして、患者さん側に判断してもらいます。

桜井さんご家族にもその言葉はすごく響くと思います。

徳永先生それでも治療しないという選択をされるのであれば、その判断で良いと思います。

桜井さん患者さんは年齢も、ホルモンバランスも環境要因もすべて違います。再発患者さんとなれば、100人100通りの治療法があると思います。

徳永先生転移の患者さんでも、転移の臓器も違えば大きさも違いますし、その進行度や、それまでの治療の経過も違います。ですが、患者さんの中には、他の人と同じ治療でなければ不安という方がいらっしゃいます。私たち一人ひとりが違うように、自分の病気と他人の病気は違います。病気が違うのならば治療法も違うのだということを、患者さんにはわかっていただきたいです。

桜井さん患者さんの中には、医師の提案に対して、全く別の事柄を根拠に納得がいかないと言う人を見かけることがあります。テレビやインターネットなどの情報から、自分に都合の良い部分だけをつまみ食いして、情報の本質を理解していないと起こりがちなことです。私が出会った患者さんの中で一番難しかったのは、いわゆるトリプルポジティブの乳がんの方でした。治療方法が多岐にわたるがゆえに、最初の治療が効かなかった後に医師が提案してきた選択肢に納得できなかったそうです。ガイドラインから体系的な知識を得ていれば、そのような誤解は起こらなかったと思います。

*ER陽性、PgR陽性、HER2陽性の乳がん。ホルモン療法にも、分子標的療法(抗HER2薬)にも、化学療法にも効果が期待でき、治療選択肢がもっとも多いタイプの乳がんで、がんの進行状況や患者さんの状態によって適切な治療薬が使い分けられます。

徳永先生私たちは患者さんにとって良かれと思われることは必ず説明し、たくさんの選択肢を与えられるように努力しています。患者さんの中には物事の決め方について、何から何まで納得しないと決められない人もいらっしゃれば、医師に任せますという人もおられ、本当にさまざまです。私たちも一人ひとりの患者さんに向き合って、その方にとって最良と思われる提案をしますが、自分にとっての益と害は何かということを、患者さん自身もしっかり考えて意思決定してほしいと思います。そのための“道しるべ”として、患者向けガイドラインをぜひ使ってみてください。

 本当に自分のためになる治療とは、必ずしも他人と同じ治療や、最新の治療になるとは限りません。不安に感じることも、ガイドラインを“道しるべ”とすれば、道に迷わずにすみそうです。

 これからも、時代に合わせて患者さんに寄り添うガイドラインが作られていくことを期待しています。
 徳永先生、桜井さん、本当にありがとうございました。