ホームエキスパートインタビュー乳がん治療の完遂を目指して ~腫瘍循環器科の役割とは

乳がん治療の完遂を目指して
~腫瘍循環器科の役割とは

大阪国際がんセンター

乳腺センター センター長/乳腺・内分泌外科 主任部長 中山 貴寛 先生 腫瘍循環器科 主任部長 藤田 雅史 先生

左から、藤田先生、中山先生

左から、藤田先生、中山先生

治療の進歩によってがん患者さんの長期生存が可能となり、それに伴う高齢化が進む中で、がんとともに循環器疾患を合併する患者さんが増えています。がんの薬物治療では、従来から抗がん剤の一部に心臓に悪影響を及ぼす(心毒性がある)ことが知られており、またがん細胞が転移・増殖することによって、血栓ができやすくなることから患者さんに対する循環器科的サポートは重要な課題です。

最近ではがんと循環器に特化した診療に取り組む「腫瘍循環器科」が開設されたり、循環器内科としての診療の中で腫瘍循環器を扱ったりしています。

そこで乳がん治療における腫瘍循環器科の役割について、大阪国際がんセンター乳腺センター長の中山先生と、腫瘍循環器科主任部長の藤田先生にお話を伺いました。

【取材】 2020年12月 大阪国際がんセンター

左から、藤田先生、中山先生

左から、藤田先生、中山先生

第2回 がん診療における腫瘍循環器科の役割とは

 近年、がん診療に注力する病院の中には「腫瘍循環器科」が設置され、各診療科と連携してさまざまながん種の患者さんを診療する体制が築かれつつあります。一般的な循環器科と、腫瘍循環器科とはどのような違いがあるのでしょうか。第2回では、腫瘍循環器科主任部長の藤田先生を中心にお話を伺いました。

腫瘍循環器科設立の背景について教えてください。

藤田先生

藤田先生(腫瘍循環器科)腫瘍循環器科という診療科が求められる背景には、がんと診断されてからの患者さんの人生が長くなったということが挙げられます。がん患者さんが高齢化すると、高血圧や糖尿病などの危険因子もがんとオーバーラップするようになり、循環器疾患を合併するようになりました。循環器だけ、がんだけということではなく、両方を合併する患者さんの管理をしなくてはならないことから、腫瘍循環器科のニーズが高まってきています。
 例えば、乳がん患者さんの10年生存率は高く、診断から10年後は乳がんで亡くなる方より心血管疾患で亡くなる方のほうが多くなるということが知られています*1。私たちの目標は、当初の計画通りにがん治療をしていただくこと、つまり、がん治療の完遂です。「心臓が悪いからこの抗がん剤をやめましょう」ということにならないよう、がん患者さんの心臓をサポートしていくことが私たちの役割です。

*1:Patnaik JL, et al. Breast Cancer Res 2011; 13(3): R64

 がん患者さんの“がんサバイバー(がんを体験した人)”としての人生が長くなり、高齢の患者さんが増えているということですね。特に乳がん患者さんでは治療を完遂して再発なく過ごすことができるのと同時に、心血管疾患への対応も重要な課題であるということですね。

通常の循環器科と違うのはどのような点でしょうか?

藤田先生腫瘍循環器科には2つの大きなテーマがあります。1つは、がんの薬物治療が目覚ましく進歩する一方で、従来から一部の抗がん剤あるいは分子標的薬について心毒性の問題が存在しています。これらのがん治療に関連して起こる心機能障害は、がん治療関連心機能障害(CTRCD:Cancer Therapeutics-Related Cardiac Dysfunction)と呼ばれるようになりました(図1)。しかし、どのような状態の患者さんにどのような薬物治療をしたら心毒性の影響が高いのか、発症する患者さんには特徴がみられるのか、あるいはどのような頻度で現れるのか、といったことについてはまだ十分に解明されておらず、それに対して統計学的あるいは学術的見地から、実臨床のもとで答えを出していかなければならないという使命があります。

図1:がん治療関連心機能障害とは?

 もう1つは、がん関連血栓症(CAT:Cancer Associated Thrombosis)の問題です。そもそもがん細胞は増殖・転移する際に血栓を生じやすいという性質があり、また抗がん剤の種類によって血栓を起こしやすいものがあります。体のどこかにできた血栓はいつまでもその場に留まらず、血流にのって移動してしまいます。例えば足にできた血栓が、運悪く肺に流れていったとしたら肺塞栓症を起こし命にかかわることもあります。ですから、血栓のコントロールも腫瘍循環器科にとって大きなテーマといえます。

がん治療関連心機能障害(CTRCD)について教えてください。

藤田先生CTRCDとは、がん治療によってLVEF(左室駆出率)が前値よりも10%以上低下し、なおかつ53%未満になった場合と定義されています*2。LVEFとは、心機能のうち、心室の収縮機能の指標で、左室の収縮力(ポンプ機能)を測り、50%以上であれば正常とみなされます(図2)。LVEF値が低下すると、段階的な対応が必要となり、抗がん剤の減量や一旦休薬(投与を中断)をしたり、抗がん剤治療を中止せざるを得ない場合があります。
 腫瘍循環器科の診療では虚血や不整脈、弁膜症などがないかといった一般的な循環器科と同じアプローチをしながら、抗がん剤治療を受けている場合はその影響なのかどうか、あるいはがん治療以外に心機能が悪化している要因はないかを探ります。必要であれば心臓カテーテル検査(冠動脈造影)も行いますし、薬剤性の心機能低下が疑われるのであれば心筋生検などを用いて検証していきます。その結果、治療が必要と判断したら基本的には通常の心不全と同様の薬物治療を開始します。

*2:Plana JC, et al. J Am Soc Echocardiogr 2014; 27: 911-39

図2:LVEF(左室駆出率)は心室の収縮機能の指標

中山先生(乳腺・内分泌外科)LVEFが著しく低下すると直ちにがんの治療を止めざるを得ないこともありましたが、腫瘍循環器科の管理のもと、ハイリスクの患者さんも標準治療の完遂を目指せるようになってきています。例えば、抗HER2 (ハーツ―)薬を含む術後抗がん剤治療中にLVEFが大きく低下したとしても、腫瘍循環器科と併診することで、一旦休薬した後、回復すれば投与を再開し、がん治療を完遂することも可能になります。私たちだけならあきらめざるを得なかった治療も完遂が期待できます。

各診療科とはどのように連携されるのでしょうか?

藤田先生がん患者さんの手術や化学療法、放射線療法などについて事前相談を受けるほか、治療中・治療後に不整脈や心不全を発症した患者さんを診察します。
 血栓症の頻度はがん種によって異なり、代表的なものとして大腸がんや血液がんがありますが、最も多いのは膵臓がんで、ステージが進むほど増えます。乳がん患者さんの血栓については他のがん種に比べると頻度は少ないという印象です。血栓は血液検査によって測定したD-ダイマー*3の数値の上昇や下肢の超音波検査で判明しますが、手術後や治療後に転移を調べるための造影CT検査でも偶発的に発見されることがあります。腫瘍循環器科ではそれらについて何が原因かを探し、対応していきます。

*3:静脈血栓塞栓症(VTE)を診断する際の補助として使われる凝固マーカー

 がん患者さんが一般の循環器疾患の患者さんと異なる点は、薬物治療の影響による心機能の低下や血栓症が懸念されるということですね。腫瘍循環器科には、心機能や血栓のリスクを評価し、対応する役割があるということがわかりました。

 第3回は、乳がん患者さんへの腫瘍循環器科の具体的な関わり方についてお話を伺います。