ホームエキスパートインタビュー乳がん薬物療法を適切に継続するために ~副作用マネジメントのコツ~

乳がん薬物療法を適切に継続するために
~副作用マネジメントのコツ~

独立行政法人国立病院機構大阪医療センター

乳腺外科科長 増田 慎三 (のりかず) 先生
※現所属:名古屋大学大学院医学系研究科 病態外科学講座 乳腺・内分泌外科学 教授
がん専門薬剤師 (はた) 裕基 先生 乳がん看護認定看護師 四方 (しかた) 文子 さん
※現所属:独立行政法人国立病院機構舞鶴医療センター

左から、四方さん、増田先生、畑先生

左から、四方さん、増田先生、畑先生

がんの薬物療法は、決められた計画に沿って、一定期間の治療を続けていく必要があります。その副作用対策は昔と比べて格段に進歩していますが、症状によっては日常生活に支障をきたすこともあり、治療の継続を妨げる要因になることもあります。

今回お話を伺うのは、国立病院機構 大阪医療センター 乳腺外科 科長(取材当時)の増田慎三先生と、増田先生とともに乳がん薬物療法に取り組まれている薬剤師・看護師のお二人にも加わっていただき、患者さんが薬物治療とうまく付き合い、治療を継続するためのポイントについてそれぞれプロの視点から教えていただきました。

【取材】 2021年4月 ヴィアーレ大阪会議室

左から、四方さん、増田先生、畑先生

左から、
四方さん、増田先生、畑先生

第1回 乳がん薬物療法を適切に行うために

 第1回では、乳がん治療における薬物療法の目的や、医療従事者が副作用について説明する時のポイント、患者さんが訴える代表的な副作用症状などについて伺います。

早期乳がんに対する薬物治療の目的とは?

増田先生

増田先生乳がんは、比較的しこりが小さくても、目に見えない微小ながん細胞が体のどこかに転移している可能性があります。早期乳がんでは、まずはその可能性をゼロに近づけることを目的として周術期薬物療法(術前・術後の薬物療法)を行います。例えば早期乳がんで手術を終えた患者さんに対しては、「このまま何もお薬の治療をしなければ2~3割の方が再発する可能性があります。その2~3割をできるだけゼロに近づけるためには、あなたのがんのバイオロジー(がんの性格)に応じて、抗がん剤、分子標的薬、ホルモン療法といった薬物療法が必要なのです」といった説明をします。もちろん再発のリスクはステージによって異なりますが、早期乳がんではこうした標準治療を行うことによって5年生存率は9割を超えるようになってきたからです1)。(インタビュー時)そこで治癒を目指すためには、できる限りのことをしていかなくてはなりません。つまり、早期乳がんの薬物療法の目的とは、患者さんにがんを克服してもらうことであると考えます。

1)公益財団法人 がん研究振興財団:がんの統計 2021

進行・再発乳がんに対する薬物治療の目的とは?

増田先生進行・再発乳がんの場合には、そのがん細胞を完全に消失させることは難しいと言われています。しかし、近年の薬物療法はめざましく進歩しており、一部の患者さんに対してはできる限りその可能性を期待して、積極的な集学的治療をお勧めしています。一方で、なかなか完治が難しい進行・再発乳がんも依然として存在しています。その場合は、がんの病状を抑えながら少しでも長く元気で過ごすことが一番の治療の目的となるのではないかと考えます。

早期乳がんに対する薬物療法の副作用マネジメントで重要なこととは?

増田先生早期乳がんと進行・再発乳がん、そのどちらについても治療の目的を達成するためには薬物療法の力を借りる必要があります。ただし、薬には副作用がつきものですから、その副作用をうまくコントロールする、もしくは、乗り越えていくことが求められます。特に、早期乳がんの場合には治癒を目指すために、決められた一定期間の治療を計画通りに行う必要があります。
 もちろん、その期間に副作用が出ないのが望ましいですが、重要なのは薬の強度と副作用とのバランスです。早期乳がんでは、副作用が出たからといって直ちに薬の量を減らすといったことがないよう、治療の強度はある程度保ちたいという方針です。とはいえ生活に大きな支障があってはいけませんから、治療の強度を保ちながら、できる限り患者さんが副作用をつらく感じないように予防することも大切です。

進行・再発乳がんに対する薬物療法の副作用マネジメントで重要なこととは?

増田先生進行・再発乳がんの場合はその治療に長く取り組むことになりますから、副作用が強く出た場合には、その副作用を軽くしてあげるような治療(支持療法という)も考慮します。副作用マネジメントの考え方は、早期乳がんにおける一定期間の治療と、進行・再発乳がんにおける長期の治療とでは、その点が少し違うかもしれません。我々医療従事者は多職種で連携し、それぞれの患者さんの治療目的に応じた副作用との付き合い方についてチーム医療でサポートする役割を担っています。

 薬物治療を計画通りに続けるには、副作用が出た場合は早めに気づき、早めに対処しなくてはなりません。患者さんへの説明やアドバイスについて、医師・薬剤師・看護師の立場からはそれぞれどのようにお話しするのでしょうか。

医師の立場から:薬物治療を始める際に副作用についてはどのような説明をしますか?

増田先生治療を始める時には医師、薬剤師、看護師それぞれから患者さんに説明しますが、その共通点は「よく起こり得る副作用」と「ここを見逃してはいけない兆候」をお伝えすることです。医師である私が説明する時には、治療のスケジュールを書きながら、起こり得る副作用の予想される時期を説明し、大事なポイントをメモしてお渡しするようにしています。そこに看護師や薬剤師もそれぞれの視点から書き込んでいきますから、そのメモをその後もずっと大事に持っていてくださる患者さんもいらっしゃいます。治療を始められた患者さんには、化学療法室での概ね1~2時間の点滴の際に、看護師・薬剤師からもお話ししますし、それらのスタッフがパイプ役となり、必要に応じて栄養士などのより専門のスタッフへとつなげることもあります。

薬剤師の立場から:服薬指導において患者さんに必ず伝えていることは?

畑先生

畑先生乳がんに限らず、がんの薬物療法は外来がその主たる治療の場となっています。そのため、日々の副作用や体調については、ご自宅において患者さんご本人もしくはご家族が記録しておくことが大切になります。3週間ごとの外来治療になるとしたら、自宅で起こったその3週間の出来事について、いかに私たち医療従事者に的確に伝えられるのかが副作用管理のカギともなります。それを私たちに伝えていただくことで、より正確な副作用の評価や次の支持療法の提案に繋げることができるからです。治療日誌を書いていただくことはご本人の励みになるだけでなく、治療にとっても必要なことです。
 直ちに連絡が必要な、緊急性が高い副作用もあります。実際に、患者さんからは「いつ電話していいのか分からない」「電話するタイミングがよく分からない」という疑問をよく耳にします。ですから、必ず電話をしていただかなければならない時については私たちも心掛けて説明しています。例えば、「発熱時の治療薬を服用しても熱が下がらない時」や、あるいは「ご飯が食べられない時」、「下痢が続くような時」は連絡を下さい、といった内容です。

看護師の立場から:患者さんから症状を聞き出すコツはありますか?

四方さん看護師は外来化学療法室の患者さんにも入院して化学療法を受ける患者さんにも事前にどんな副作用が起こり得るかを説明しますが、最初から患者さんに全てを説明し過ぎると、かえって不安を助長する可能性もあります。まずは起こりやすい症状について具体的に説明し、さらに「どんな時に連絡してほしいか」についてお伝えします。そして、患者さんは、悪心・嘔吐などよく知られている副作用は報告されますが、それ以外のなじみのない症状も発現することがありますから、どんな些細なことでも自己判断せず、教えてくださいとお伝えします。

四方さん

自宅での副作用の状況はどのように記録をとればよいのでしょうか?その情報はどのように共有されていますか?

四方さん自分でブログなどを書いている方もいらっしゃいますが、自分なりのやりやすい手段を使って気になる症状をメモするとよいと思います。必ずしもメモを提示する必要はなく、診察時に医師もしくは看護師に伝えていただければ記録に残せますので、それらのメモを参考にお話ししていただくとよいと思います。

院外薬局とはどのような連携をとりますか?

畑先生院外薬局との連携については国としての施策も進んでいます。例えば、どういう場合につらいのかといった訴えや、残薬の情報について、服薬情報提供書 (トレーシングレポート) を介して院外薬局から病院に報告できる体制をとっています。その報告は薬剤部を通じて医師に伝わりますので、その情報をもとに、処方の追加を提案することもできるようになっています。

増田先生調剤薬局と情報共有するために、例えば、医師、薬剤師、看護師と近隣の院外薬局との合同ミーティングを定期的に開き、情報交換の場を持つことで、副作用管理についても院外薬局の協力も得られると思います。

 乳がんの薬物療法は長期にわたります。記録をつけて小さな変化でも伝えること、そして、必ず連絡しなければならない症状について理解し注意しておくことが大切ですね。

患者さんの訴えが多い症状とは?

四方さん薬物療法の副作用についてご相談を受けることが多いのは吐き気です。患者さんも事前情報としてご存じのようですが、「今は吐き気を抑える薬剤が進歩していますから、心配されるほどの吐き気はありません。昔と比べると改善してきていますよ」とお話しするようにしています。
 薬物療法を経験された患者さんの中には、「しびれ」「体のだるさ」のつらさを訴える方もおられます。「しびれ」「体のだるさ」の自覚は、治療の影響とは考えず、自分の我慢が足りないためだと考えてしまう方がいて、治療を継続するために我慢をしなくてもよいことを説明しています。

畑先生味覚障害もよく訴えのある副作用の一つです。治療期間が長い方ほど食事が楽しめていないと感じます。

増田先生吐き気についてはひと昔前に言われていたほどではなくなり、コントロールできるようになってきました。ただ、しびれと味覚障害にはまだ適切な対処法がないので、薬剤師・看護師によるサポートや生活上のアドバイスが非常に重要になってくると思います。

 副作用にもさまざまな症状があり、よく知られているものもあれば、初めて聞くものもあるかもしれません。ただし、一般的に副作用としてイメージの強い吐き気については、吐き気止めの処方によってかなり軽減されているということですね。

 第2回では、化学療法(分子標的薬を含む)における副作用について伺います。