ホームエキスパートインタビュー乳がん薬物療法を適切に継続するために ~副作用マネジメントのコツ~

乳がん薬物療法を適切に継続するために
~副作用マネジメントのコツ~

独立行政法人国立病院機構大阪医療センター

乳腺外科科長 増田 慎三 (のりかず) 先生
※現所属:名古屋大学大学院医学系研究科 病態外科学講座 乳腺・内分泌外科学 教授
がん専門薬剤師 (はた) 裕基 先生 乳がん看護認定看護師 四方 (しかた) 文子 さん
※現所属:独立行政法人国立病院機構舞鶴医療センター

左から、四方さん、増田先生、畑先生

左から、四方さん、増田先生、畑先生

がんの薬物療法は、決められた計画に沿って、一定期間の治療を続けていく必要があります。その副作用対策は昔と比べて格段に進歩していますが、症状によっては日常生活に支障をきたすこともあり、治療の継続を妨げる要因になることもあります。

今回お話を伺うのは、国立病院機構 大阪医療センター 乳腺外科 科長(取材当時)の増田慎三先生と、増田先生とともに乳がん薬物療法に取り組まれている薬剤師・看護師のお二人にも加わっていただき、患者さんが薬物治療とうまく付き合い、治療を継続するためのポイントについてそれぞれプロの視点から教えていただきました。

【取材】 2021年4月 ヴィアーレ大阪会議室

左から、四方さん、増田先生、畑先生

左から、
四方さん、増田先生、畑先生

第2回 化学療法(分子標的薬を含む)における副作用の対処法

 第2回では、主に化学療法と分子標的薬における副作用について伺います。ここでは、化学療法は細胞障害性抗がん剤を用いる治療法のことを指します。

①食欲不振(味覚障害含む)、悪心・嘔吐、口内炎
悪心・嘔吐は吐き気止めを適切に使用すれば対処可能に。

四方さん大切なことは、処方されている吐き気止めを指示通りに服用することです。適切な使用でかなり吐き気を抑えることも可能になります。加えて、食事の摂り方や調理の仕方を工夫するとよいと思います。
 吐き気止めで便秘になる方もおられるので、その場合は便秘予防をしていただきます。お通じがあれば食事も摂れて良い循環ができてきますので、食べることと出すこと、その両方が大切です。食べやすいものや消化のよいものをご自身で調理されるなど、実際に工夫されている患者さんも多いですね。

四方さん

増田先生腸の動きが悪くなって吐き気が出る方もおられます。支持療法としての吐き気止めはもちろん大切ですが、お通じがあったかどうかということもきちんと確認する必要があります。基本的には食べやすいものを召し上がっていただいています。

畑先生栄養士による栄養指導を受けることもできます。栄養のプロなので、食べやすい上にタンパク質も摂れるものなどを具体的に提案してくれますので、患者さんにとって有用な指導であると思います。

味覚障害については味にメリハリをつけて食事の工夫を。

四方さん味覚障害の症状は、「あまり味が感じにくい」もしくは「何を食べても苦い」、「砂をかんでいる感じ」と言われる方もおられます。そこで、味を少し濃くしたり、ちょっと酸味のある酢の物のようなものをお勧めしています。刺激が強いものはお勧めしませんが、少し味付けにメリハリをつけて工夫をしていただければよいと思います。自分では味が分かりにくい時は、ご家族に味見をしていただければと思います。

②口内炎(口腔粘膜炎)
口内炎は予防が基本。口内を清潔に保ち、乾燥を防ぐ。

畑先生

畑先生一般的には治療開始1週間後頃に発現し、2週間を過ぎて徐々に治っていくことが多いです。できやすい場所は、よく動いて、なおかつ硬くない場所で、唇の裏側、舌の縁、頬の内側などです。患者さんには、どんな症状かということと、食事への影響について聞き取りをすることで、それに応じた薬剤を提案することができます。
 口内炎は予防が基本ですので、予防的な教育が大切になります。口腔内を清潔に保つ、こまめにうがいする、義歯もしっかり洗浄する、そして乾燥を回避することが予防策となります。乾燥予防には「ストローでこまめに水を飲みましょう」といった具体的なアドバイスをします。

増田先生「お口の中をきれいにしましょう」、その一言だけでもだいぶ意識が変わる印象があります。普段からかかりつけの歯科に通われている方も多いですし、もちろんチーム医療として歯科医の協力を得ることも大切です。

四方さん薬物療法開始前には予め歯科を受診していただき、虫歯治療はもちろん、歯周病のメンテナンスもお願いしています。事前のケアが大切で、歯科を必ず受診することで口内炎は減っているように実感しています。特別な歯ブラシでなくても、毛の柔らかい口腔内が傷つかないような歯ブラシで清潔を保っていただければ十分です。その他に大切なのは口腔内の乾燥予防だと思います。

③脱毛
治療が終われば通常髪の毛は生えてくる。脱毛リスクについてはポジティブな説明を。

畑先生脱毛の起こる時期は治療開始から概ね2~3週間後です。次の外来受診の頃に、パラパラというよりごそっと抜けるので、患者さんは驚かれると思います。しかし、「髪の毛は通常、月に1センチも伸びる元気な細胞で、活発な細胞では薬が作用しやすくなるため脱毛は起こります。薬も頑張ってくれているんだなぁと思っていただければ幸いです。治療終了後は必ず伸びてきますよ」など、ポジティブに捉えられるような言葉で説明するようにしています。

対処法の説明や心理的なケアを十分に。

四方さん脱毛が起こりやすい薬剤はありますが、「治療が終われば伸びてくる」ということをお話ししています。ですから、その後に生えてくる髪の毛のために、治療中は頭皮ケアをしっかりしていただくことが大切です。「毛嚢炎などを起こさないように頭皮・毛根をきれいに洗浄すること」、「脱毛した後は発汗が激しく、ウィッグの中も蒸れやすくなるので、こまめにふき取るとよいこと」、「家の中ではウィッグより綿の帽子がよいこと」などをお話しします。

増田先生ウィッグを希望される方は、薬物療法が始まる前に選ぶことをお勧めしています。髪の毛が長い方はあらかじめショートカットにする、あるいは予定したウィッグに合わせた髪型にするという準備をしておくとよいと思います。ウィッグをつけ始めても私たちからは見た目にわからないことも多いですし、その印象を正直にお話しして、「周囲から気付かれていない」ことを伝えるようなコミュニケーションができるとよいと思います。
 髪の毛だけでなく全身の毛が抜けますから、眉毛、睫毛も抜けることをお話しています。

④皮膚障害、爪の障害
普段意識していない人も、予防的なスキンケアを念入りに。

四方さん保湿を大前提としてスキンケアをしっかり行っていただきたいです。今までは手がカサカサし始めてから保湿剤を塗っていた方でも、水で洗ったらすぐに塗ることを繰り返して、できればゴム手袋などを使って、水を直に触れないようにしていただきたいです。その都度ゴム手袋を使えないのであれば、例えば夜寝るときに保湿クリームをつけて、綿の手袋をしておけばクリームが周りにつきませんし、保湿もされますから手軽なお手入れになると思います。
 また、薬剤によっては爪が浮いてきて、爪が剝がれてしまう場合もあります。剝がれないようにテープで留めておかないと、痛い場合もありますし、そういう手を他人に見られるのがつらいという方もおられます。今まであまり爪や手のお手入れをされなかった方でも、ネイルオイルやハンドクリームなどを使う習慣をつけていただきたいです。

畑先生皮膚のケアは清潔に保つのはもちろん、ごしごし洗わない、紫外線を直接当てない、長袖を着る、日焼け止め使う、熱いお湯に入らないといったことも気をつけていただきたいです。皮膚障害が起こりやすい場所は、薬剤の種類にもよりますが、手指、足指などよく動かす場所や、かかとなどの体重がかかる所が多いです。

保湿剤、外用薬の使い方は適切な使用量で。

畑先生保湿剤を使う時には、1FTU(フィンガーチップユニット)という目安があります(イラスト参照)。人さし指の関節一つ分を塗る使い方です。基本的なことですが、保湿剤は適切な量を使うことが大切です。できれば1日に複数回塗り直してください。手の場合でしたら洗う度に塗り直す機会がありますが、できれば体にも1日2回、お風呂上がりと朝1回は塗っていただきたいです。
 絆創膏を使う場合は、粘着力が強いと剥がす時に爪や皮膚も剥がしてしまう可能性があります。その時には粘着力の弱い粘着包帯をお勧めします。また、アルコールが入っているローションは乾燥につながるので避けたほうがよいでしょう。

⑤手足のしびれ(末梢神経障害)
早期に発見するため、患者さんには日常生活の行動に沿った言葉をかける。

四方さん神経症状については、全員が起こるわけではないこと、そして治療回数が重なってくると症状が強くなっていくということをお伝えしています。ただし、症状の表現の仕方は一人ひとり違います。よく聞かれるのは「砂の上を踏んでいる感じ」「厚手の靴下を1枚履いているみたいな感じ」という表現です。「正座した後のしびれ」と言う方もおられますが、しびれという表現ではなく、「自分の足が自分の足ではないような、ちょっと違う感じ」という違和感を訴える方もおられます。日常生活でどの程度困っているかを教えていただくようにお話ししていますが、それでも我慢している人が多いのではないかと思います。

畑先生しびれについては早く見つけるのが第一ですが、しびれといってもピンとこない人が多いのかもしれません。「新聞をめくれますか」、「箸を使えていますか」、「ボタンのかけはずしがスムーズにできますか」といった日常生活に直結した場面で伝えると、「最近、新聞めくりにくい」「立ち上がる時にちょっと違和感がある」と反応してくださることもあります。しびれという言葉より、より具体的に行動に沿った表現に落とし込んで聞くようにしています。

増田先生

増田先生生活の一場面の中で、大事なポイントを押さえて聞くようにしています。例えば、「買い物の時、財布からお札が取り出しにくくないですか」と聞いたり、あるいは「お箸で小さいものをちゃんと持てるかどうか」という聞き方も毎日の生活に直結します。足の症状では、階段の上り下りが手すりなしでできるかどうかは大切なポイントです。階段の上り下りに手すりを持つ状況になると、副作用症状としてGrade2の中等症に相当しますので、その状態で治療を無理に続けてしまうと後遺障害が残る可能性があります。日常生活の中で我慢しないこと、無理しないことが大切です。

*「有害事象共通用語規準 v5.0 日本語訳JCOG 版」(略称:CTCAE v5.0 - JCOG)による副作用等の重篤度を示す規準。Grade 1は 軽症(症状がない, または軽度の症状がある; 臨床所見または検査所見のみ; 治療を要さない)、Grade 2は中等症(最小限/局所的/非侵襲的治療を要する、年齢相応の身の回り以外の日常生活動作の制限」)とされる。

増田先生早期乳がんの場合は、副作用の程度をGrade 1の軽症のレベルで抑え、例えば抗がん剤を12回投与の予定であれば、その12回を確実に完遂したいと考えています。
 進行・再発乳がんの場合は、治療が長く続くことがあります。治療を継続するうちにしびれが強く出て生活に影響してくると、次の治療ではしびれが出にくい薬に変更しても、しびれの可能性の話だけで過敏になってしまい、治療を嫌がってしまう恐れもあります。その観点からも、副作用はGrade 1の範囲内、つまり日常生活に影響しないレベルでコントロールすることが大切であるということを、これまでの経験で学んできました。生活に影響するGrade 2のレベルになることはどの患者さんでも避けたいと考えています。

⑥発熱、感染症、貧血(骨髄抑制)
手洗い・うがいによる感染症予防が大切。転倒による出血にも注意を。

畑先生好中球減少、貧血(ヘモグロビン低下)、血小板減少に注意が必要です。感染症に繋がる好中球減少は薬物療法開始から1~2週間で起こるのが一般的で、そこは休薬期間になっていることが多いです。現在では新型コロナウイルス予防の観点もありますが、休薬期間もしっかり手洗い・うがいをお願いしています。外来患者さんには発熱時に抗菌薬が処方されることもありますので、その内服のタイミングや服薬期間をお伝えするのも大切です。ときに重篤な感染症になって発熱される方もおられますので、発熱を見逃さないように電話するタイミングについても説明しています。
 貧血に関しては、赤血球の寿命はが4ヵ月程度と白血球に比べると長いため、数値がゆっくりと下がってきますから、長期間注意していただきたいと思います。貧血に加え、血小板が減ってしまうと、勢いよく立ち上がって転んで、出血が止まらないことが起こり得ます。無理をせず、特にトイレではゆっくり動作を始めてください。赤血球もタンパク質を材料としているので、食事は偏らずに良質なタンパク質を含めてバランスよく召し上がっていただくようにしています。

⑦頻度は低いが重篤な副作用について
心機能低下(心不全)、間質性肺炎は初期症状を見逃さないことが重要

増田先生心不全や間質性肺炎のように命に関わり得る副作用については、初期症状を見逃さないことと、初期対応を適切に行うことが大切です。心不全が疑われる症状には、息切れ、胸部圧迫感、動悸、胸痛、四肢の冷感などがあり、間質性肺炎においては、呼吸困難、せき、息切れ、発熱といった症状があれば注意が必要です。

 第3回では、ホルモン療法における副作用の対処法と、乳がん患者さんへのメッセージについてお伺いします。