ホームエキスパートインタビュー乳がん薬物療法を適切に継続するために ~副作用マネジメントのコツ~

乳がん薬物療法を適切に継続するために
~副作用マネジメントのコツ~

独立行政法人国立病院機構大阪医療センター

乳腺外科科長 増田 慎三 (のりかず) 先生
※現所属:名古屋大学大学院医学系研究科 病態外科学講座 乳腺・内分泌外科学 教授
がん専門薬剤師 (はた) 裕基 先生 乳がん看護認定看護師 四方 (しかた) 文子 さん
※現所属:独立行政法人国立病院機構舞鶴医療センター

左から、四方さん、増田先生、畑先生

左から、四方さん、増田先生、畑先生

がんの薬物療法は、決められた計画に沿って、一定期間の治療を続けていく必要があります。その副作用対策は昔と比べて格段に進歩していますが、症状によっては日常生活に支障をきたすこともあり、治療の継続を妨げる要因になることもあります。

今回お話を伺うのは、国立病院機構 大阪医療センター 乳腺外科 科長(取材当時)の増田慎三先生と、増田先生とともに乳がん薬物療法に取り組まれている薬剤師・看護師のお二人にも加わっていただき、患者さんが薬物治療とうまく付き合い、治療を継続するためのポイントについてそれぞれプロの視点から教えていただきました。

【取材】 2021年4月 ヴィアーレ大阪会議室

左から、四方さん、増田先生、畑先生

左から、
四方さん、増田先生、畑先生

第3回 ホルモン療法における副作用の対処法

 第3回では、ホルモン療法における副作用の対処法について症状別に伺います。

 乳がんのホルモン療法では、閉経前の患者さんと閉経後の患者さんとでは使う薬剤が異なります。治療を開始する前に閉経状態の確認をすることが重要です。

閉経状態はどのように確認するのですか?

増田先生化学療法開始前は閉経前の方でも、化学療法を始めると生理が止まってしまうことがあります。それが一時的に止まっているのか、それとも永久的に止まっているのかという見極めは重要です。一旦止まっても卵巣機能が回復する可能性があるとしたら、閉経後乳がん患者さんに使う薬(アロマターゼ阻害剤)は使えないので、閉経状態を正しく確認する必要があります。
 最終月経からまだ1年経過していない方、あるいは1年程度の経過でかつ年齢的にも微妙な方については、エストロゲン(女性ホルモン)と卵胞刺激ホルモンを検査して、卵巣機能の状況を調べます。一方、最終月経から2~3年経過しており、なおかつ55歳を超えていれば閉経と判断してよいと思います。

ホルモン療法はその投与期間が重要。時にはオン・オフをつけながらしっかり続けていく。

増田先生

増田先生ホルモン療法は通常5年から10年にわたって継続するもので、その投与期間が重要です。決められた投与期間中は、副作用はある程度出る可能性があることを理解していただき、うまくお付き合いしていただきたいと考えています。
 例えば、閉経後乳がん患者さんのホルモン療法で用いられるアロマターゼ阻害剤では、体内のエストロゲンの量が少なくなるために、更年期障害に似た症状が起こることがあります。症状には気分の落ち込み・倦怠感、関節痛、骨密度低下・骨粗鬆症などがあります。
 また、エストロゲン受容体に働く薬剤では、ホットフラッシュ(ほてり・多汗)がよくみられます。人前に出る時にパーっと熱くなって汗をかいたりするのはとりわけつらいものです。今日は友達と会う約束がある、仕事で大事なプレゼンがあるといった時には、その日の朝あるいは前日から服用は一時的にやめてもよいとお話ししています。服用できない日があったとしても、オン・オフをつけてうまく生活を維持し、長い期間継続することが大切です。むしろ、決められた通りに服用しなくてはいけないと思っている方は副作用が耐えられなくなって治療を早期にやめてしまう場合もあり、かえって良くありません。これは私の一つの経験からのアドバイスです。

気分の落ち込み・倦怠感は我慢しない。

四方さん全員が同じように更年期様症状を経験されるわけではありません。身体的な更年期様症状をつらく感じる方もいらっしゃれば、うつなど精神的な落ち込みがつらくて治療を継続できない方もおられますし、体のだるさや倦怠感を訴える方など、さまざまです。
 精神症状や体のだるさは比較的若い患者さんが、骨密度の低下による関節痛などは閉経後の患者さんが訴えることが多いように感じます。体のだるさについては弱音を吐いてはいけないと思われるのか、口にされない方が多いので、我慢しないで話していただきたいです。

四方さん

増田先生倦怠感に関しては、これまで日本ではあまり注目されておらず、我々医療従事者からその有無を逐一尋ねるということはありませんでした。ホルモン療法については5年、10年という長期の治療が終了してから「体が軽くなりました」ということを言われる方が多く、患者さんもそこで初めて薬物療法を続けていたことを再認識されるようで、そうした患者さんの言葉から私たちも勉強させてもらっています。ホルモン療法というのはそれくらいホルモン環境が変わり体調に影響を及ぼすもので、化学療法の半年間のほうが楽だという方もおられます。

関節痛も代表的な副作用の一つ。患者さんに治療前にきちんと説明することが大切。

増田先生繰り返しになりますが、治療法ごとに起こりやすい副作用の種類と、その発現時期や程度などの情報をあらかじめお話しておくことが非常に重要です。どんな副作用にも共通することですが、患者さんは聞いていなかった副作用が出たときに最も驚くものです。関節痛は、閉経後乳がん患者さんに処方されるアロマターゼ阻害剤で起こりやすい副作用の一つですから、事前に「関節痛で、朝起きたときは手がこわばることがあっても、使い続けていると徐々に取れてきますとお話をしています。
 それでも中には耐えられないくらいの強い副作用が出る方がいらっしゃいます。閉経後の患者さんの場合はホルモン剤も1種類ではないので別の薬剤に替えることもできますが、開始後すぐの「ちょっとつらい」という訴えには、私自身は最初の2年間程度は継続していただきたいと考えています。もちろん本当につらいなら無理に続けませんが、別の薬剤もあるという安心を担保しながらも、「もうちょっと頑張ってみましょうか」と励まして長く続けていただくようにしています。

更年期様症状として骨密度低下・骨粗鬆症のリスクもあることを知っておく。

増田先生骨密度の検査はホルモン療法の開始前と1年に1回行い、Tスコア≦-2.5*になったら骨粗鬆症の治療を開始します。Tスコア-1.0~-2.5の間の骨量減少の状況から骨に対するケアが大切です。生活習慣として、禁煙、アルコール摂取制限、あるいは適度の運動が骨量減少や骨粗鬆症の予防に働くことがわかっています1)。これは骨量についてのリスクにかかわらず、ホルモン療法開始時の生活指導としても言えることです。

*:Tスコアとは骨密度が若年成人の平均値からの乖離を標準偏差で表したもの。-2.5(マイナス2.5)以下は骨粗鬆症と診断される。
1)骨粗鬆症予防と治療ガイドライン作成委員会編:骨粗鬆症予防と治療ガイドライン2015年版

 ホルモン療法は年単位で長期にわたって継続します。どのような副作用の可能性があるのか、どのような対策ができるのかについてしっかり覚えておき、上手に付き合っていきたいものですね。

 終わりに、皆さんから乳がん患者さんへのメッセージを伺いました。

四方さんがんイコール死だと思っている患者さんがまだ多いようですが、今日の乳がん治療ではもちろん根治も目指せますし、すぐに亡くなるような病気ではなくなりました。治療に専念しなくてはならないことはなく、日常生活を送りながら治療ができます。むしろ、生活ありきで自分の人生を充実させながら外来治療を続けている方もおられます。しかし気持ちが落ち込んでしまうと、生活を充実させることが難しくなり、治療を継続するのが難しくなってしまいます。そんな時は「つらい」という一言でもいいですから、誰かに発信することが必要です。「こんなことで困っている」と言える環境が大切で、そうした患者さんのフォローに力を尽くせるよう、看護師は万全の用意をしています。つらいときは遠慮なく、伝えていただき一緒に考えていきたいと思います。

畑先生

畑先生副作用対策には、吐き気止めのように劇的に進化したものもありますし、しびれ、味覚障害など、まだ対応に課題や工夫が必要なものもあります。ただし、そのサポートの仕組みやスタッフの運用体制自体は非常に進んでいて、薬剤師が外来で指導できるようになったり、栄養士が外来化学療法室に来てくれるようになったりもしています。ちょっとした困り事であっても、どのスタッフでもよいのでそのシグナルを出していただければと思います。それについて看護師から薬剤師に話が伝わるときもありますし、逆に、薬剤師から看護師に尋ねることもあります。チーム医療の体制のなか、スタッフ間では常に互いに相談しています。もし困ったことがあった時には、職種にかかわらず話しやすいスタッフで構いませんから、遠慮なく声をかけていただきたいと思います。

増田先生乳がん治療は、患者さん一人ひとりに適した治療方法が日々進歩しており、その方の希望あるいは目標に応じた治療が行える時代になってきました。治療も目的も異なる患者さん一人ひとりについて、薬剤師・看護師などによるチーム医療が支えてくれます。
 第一回でお話ししたように、早期乳がんであれば根治・完治を目標とした治療を行います。そして進行・再発乳がんであれば、少しでも長くより良い生活を送っていただくために、とりわけ薬物療法が欠かせません。もちろん、そこには副作用の問題がありますが、いろいろな形でのサポートができるようになりました。昔のような“つらい”印象の治療ではなくなってきていますので、ぜひ医療を信じて前向きに取り組んでいただければと思います。われわれ医療スタッフが、皆さんが再発しないように、あるいは再発した後も治療しながら元気で生活できるように、さまざまな視点でサポートしています。

 今日の乳がんの薬物療法は、その副作用管理についても長年の経験が積み重ねられ、チーム医療によって患者さんの心身に寄り添ったケアが実践されています。もしつらい症状があっても、医師・薬剤師・看護師をはじめさまざまなスタッフが連携し、それぞれの専門性を活かして対応を検討していただけることがわかりました。
 ひとりで我慢するのは、治療の継続のためにもよくありません。心配なこと、少しでも変化があったことは何でも相談することが大切ですね。
 皆さん、本当にありがとうございました。