ホーム乳がん診療連携の現場から乳がん経験者とチーム医療のかたち

乳がん経験者と
チーム医療のかたち

湘南記念病院乳がんセンター
乳がんセンター長 土井 卓子 先生 
腫瘍内科 堤 千寿子 先生
乳がんセンター 看護師長 萬谷 (ばんたに) 睦美 さん 
ピアサポーター 山口 ひとみ さん

乳がん領域では長年にわたりピアサポーターや乳がん経験のある看護師が活躍し、患者さんのニーズを受け止めてきました。患者さんを支えるための取り組みはさまざまな分野に広がり、カウンセリングや体操教室、エステティック、アロマセラピーなど、患者さんの療養生活に貢献しています。

センター長として立ち上げを任された土井卓子先生は、乳がん患者さんの心身のトータルケアを目指し、病院内外の人材を積極的に受け入れてきました。現在のかたちに至るまでの道のりや、病状の変化に戸惑う患者さんを支えるための連携について、開設初期からのメンバーの皆さんにお話を伺います。

*:ピア(peer)は仲間の意味で、ピアサポーターとは同じ症状や悩みをもつ仲間に、自らの経験をもとに支援する役割を担う人を指す。

【取材】 2020年9月〜10月

第1回 チーム医療のかたちができるまで

 第1回では、チーム医療の体制ができるまでの道のりについて伺います。乳腺外科医である土井先生をリーダーとして始まった乳がんのチーム医療は、どのようにして現在のスタッフが集まり作られたのでしょうか。

患者さんの意見を取り入れるため、最初に声をかけたのはピアサポーター

土井先生

土井先生私自身は、初めから「乳がんセンター」というかたちで、乳がん患者さんをあらゆる側面から支える医療を目指していきたいと考えていました。そのため、最初に声をかけたのがピアサポーターである山口さんです。山口さんとは患者さんをどのように支えたらよいのかということを具体的に話し合い、まず作ったのが情報提供室です。この部屋は左右に繋がった診察室の真ん中に位置しており、患者さんが立ち寄りやすくなるよう工夫しています。
 看護師長のポジションも、乳がん体験者である萬谷さんにお願いしました。乳がん患者さんに寄り添うには、看護師自身も体験者であることが非常に大きな要素であると考えたからです。こうして、“みんなで患者さんを支える医療をしたい”という一言の下に、乳がんのチーム医療が動き出していきました。

腫瘍内科医が加わってトータルケアが可能に

土井先生体操教室や試食会といったイベントも早くから実施していたのですが、その中で気づいたのは、それでも化学療法中の患者さんのつらさをケアするには足りないということでした。私も外科医としてできる範囲のことはしていたのですが、本当につらい思いをしている患者さんや、ターミナルケアに至った患者さんを診ることが十分できていなかったのです。そこに加わったのが、腫瘍内科医である堤先生でした。
 当時は現在に比べて腫瘍内科医の人数が非常に少なく、特に私たちの世代では、乳がんの抗がん剤治療は主に乳腺外科医が行うものでした。それまで、患者さんに最期の時間を自宅で過ごしていただきたくても、そこまで診ていくことができなかったのですが、腫瘍内科医が加わり、本当につらい思いをしている患者さんのからだと心のケアや、どのように在宅医療に繋げていったらよいのかなど、ご本人やご家族の思いを汲んだケアができるようになりました。治療の流れのマニュアルも腫瘍内科の視点から改訂してもらい、院内で統一して運用できるようになって、乳がん診療のケアの幅が広がりました。

*:終末期の医療、看護的、介護的ケアのこと

堤先生抗がん剤の治療については、ガイドラインで標準治療が決まっているので、あとはデメリットをどう減らしていくかが大事なところだと思っています。副作用のサポートは、腫瘍内科医だけでなく、化学療法室の薬剤師や看護師のスタッフたちのフォローが大きな手助けになります。

堤先生

土井先生再発した患者さんを治療するということは、いかに良い時間を長く過ごして、それがご本人やご家族の満足に繋がるかを目指すことだと思います。強い治療でがんを小さくしても、結果としてつらい時間ばかりを過ごすのであれば、治療の意義はないのかもしれません。その点に関しては、医師も看護師もその同じ価値観のもとに協力できることが大切です。
 もちろん、患者さん自身の病気への向き合い方も大切です。人は、人生が終わる時が一番重いのだと思います。人生が終わる時とは、今までの時間をどのように捉えていけばいいのかということを考えなくてはいけませんが、そこを腫瘍内科の立場から患者さんと一緒に考えながら、時間を紡いでいくということが重要だと思います。

患者さんを支えようとしてくれるスタッフが集まって

土井先生目指したのは、患者さんに対し医師一人だけでがんばるのではなくて、支えようとしてくれるスタッフがいる姿です。今はインターネットを通じて「何か力になれないか」と集まってくれる方もたくさんいます。ピアサポートをしていることを発信すれば体験者が集まってくれましたし、カウンセラーの中本先生もその一人で、心理ケアを担っていただくことになりました。

コラム
「乳がんカウンセリング ~患者さんと医療スタッフの心を支えて~」

カウンセラー 中本テリー先生

臨床心理学者、臨床心理士、公認心理師。米国の大学・大学院で学び、臨床心理学博士号を取得後、現地でカウンセリングに従事。2009年に帰国し、湘南記念病院などでカウンセリングを行うほか、大学院や看護学校の講師を務める。患者やその家族・友人、医療従事者への心理支援がライフワーク。

―乳がん患者さんのカウンセリングを行うことになったきっかけは?

 私も乳がん体験者です。米国から帰国して、何かしたいと考えている時に紹介していただく機会があり、カウンセリングを始めることになりました。

 以前は情報提供室などを使ったり、入院患者さんのもとへ出向いたりしてカウンセリングをしていました。「カウンセリングというと日本では敷居が高いので、もっとサロンのようなかたちにしたほうがよいのでは」という提案があり、カウンセリングも行いますが、自由な会話のためのサロンとして解放する部屋ができました。
 サロンに訪れる方の中でも、個別にお話をうかがったほうがよい場合はカウンセリングをお勧めしています。米国では、カウンセリングは窓がない部屋で行い、いつも同じ部屋を使うのがルールなので、この部屋はうってつけでした。窓があると景色が動いて気が散りますし、同じ部屋を使うのは、毎回雰囲気を変えずに話を続けやすくするためです。ただ、閉塞感がないように、壁には患者さんが創られた作品を飾っています(写真)。

―初めての患者さんは、相談を切り出しにくいということはありませんか?

 がんという共通の話題を持つ患者さんですから、「告知された」「再発した」というスタートから始まるので、さほど難しくなく話し始めてくれます。がん患者さんは、一瞬であろうとなかろうと「死」をどこかで意識します。そこから「生きる」ということが続きます。その「死を感じてからの生きる」というのを私は支えたいと思っています。

―カウンセラーとは、患者さんにとってどのような存在なのでしょうか?

 米国では、カウンセラーとは無力であると厳しく教育されてきました。クライアントさんが自分の力で変わっていくことしかできないわけです。ただ、私と出会ったのがきっかけで、患者さんの人生が切り開かれていく。カウンセラーはそういう役割です。丁寧にお話をうかがっていくことで、みなさん自ずとご自分の力で広がりを見せていかれます。
 1時間ほどお話しされると、みなさん表情が変わります。すっきりした表情で帰って行かれます。患者さんが、自分で人生を切り開いていける力があるのだと感じて、「自分でもできるかな?」と思って帰ってもらえたらうれしいですね。

別の病院で治療を受けた方をピアサポーターに招いて

土井先生山口さんをピアサポーターに誘った時には、まだピアサポートという言葉があまり知られていませんでしたが、その後、ボランティアの方が次々と増えていきました。その方々がまたピアサポートの認定を取って、他施設で活動し始めたりもしています。

山口さん私と萬谷師長も「乳がん体験者コーディネーター」というピアサポートの認定を取っています。そもそも私がピアサポーターとしてこちらに誘われたのは、その認定のための講習会で土井先生が講師を務めていらしたのがきっかけです。

山口さん

土井先生実は、山口さんは他施設で治療を受けた方です。ここで治療を受けた方でしたら、自分が治療した施設をきっと褒めるでしょうから、公平ではないですよね。ですから、他施設で治療を受けた方にお願いしたのです。そのほうが、私たちのことを冷静に見て批判もしてくれるので、患者さんにとってメリットがあると思ったからです。実際に、山口さんは冷静に患者さんの立場になって動いてくれています。

堤先生気がかりな患者さんに対して、山口さんが先にフォローしてくれていることがよくありますし、入院した方のところにも行ってくれます。診察にもちょうどいいタイミングで入ってくれることが多くて、再発して化学療法が始まるという患者さんの診察時に、気がついたらそばに山口さんがいる、ということが多々あります。山口さんが気づいてくれた患者さんの情報が、治療の手がかりになることもよくあります。

山口さんピアサポーターとして情報提供室に週2回入っていますが、私のもとには先生から紹介があってみえる方もいれば、リピーターの方も多く、ピアサポーターとしてというよりも仲間としておしゃべりしたり、愚痴を聞いたりすることもあります。だからこそ、プライベートの様子がよくわかるので、仲間意識で一緒に考え、悩みの答えを出せたらいいなと思います。

次回は、患者さんに寄り添った取り組みの広がりについてお話をうかがいます。